風神さん。
「お姉さんは、頬を撫ぜるその風一つ一つに名前をつける⁇」
名前を聞いたつもりだったが、と女は不思議に思いながら、小さく否定する。
質問内容と、男の子からの答えがうまく噛み合わず、それでも何かあるのか、と女は探りを入れる。
「僕とは、そんな存在」
こんどは、本当の笑顔のように、ニコッと笑うと男の子は再度踵を返した。
まるで、名前を聞いて欲しくない。聞かれたくない。と言っているようで、女は小さな雑踏にかき消されるような言葉しか出なかった。
雑踏の中器用に走って去って行く男の子は、この街には随分と慣れた子なんだろう、そう思いながら女は、本来の目的「風神」を探す事にした。
こんなにも多くの人がひしめき合う所に居るのは、別に初めてというわけでもなかった。
女が昔居た所は、全員同じ暗い顔をしていて、何かに怯えるようで。
でもこの町の人間達は皆、暗い顔をする者もいれば、明るい、笑顔の人もいる。
一気に感情が混ざり合い、それぞれの方向に向かう自由に満ちた人混みは、女には、ただの"雑踏"には思えなかった。
女は、自らの首についた首輪の一つだけついた鎖を強く、強く握り締める。