風神さん。
そう言ったお兄さんの笑顔は今までに見たことがないくらい、優しい笑顔だった。
これから、何か取り返しのつかないことが起きてしまうような、切なくなってしまうような、笑顔。
お兄さんはそのあとすぐに私を背に誘導した。
「私の怒りを買ったという事だな…」
また、聞いたこともないような、低い声でお兄さんは村長達に言った。
私にはお兄さんが一体どんな顔をしているのか確かめられない。
悲しそうな顔をしてるのか、怒った顔をしてるのか…いつもみたいに、どこか冷めたような顔をしているのか。
お兄さんの気迫に押されかけた村長だったが、すぐにまたあの呪文を唱えた。
「…処分するんだ!カンナヅキを‼︎」
ばっ、と前に突き出した右腕には肩が凝りそうな豪華な装飾品達が暴れて独特の金属音を奏でる。
それを合図に村長の周りにいた強豪の男達が、あの、人間とは思えないような超人的な脚力で民家の屋根に飛び乗り空からの攻撃をしかけようとする。
お兄さんが動いたのも同時。
「風ノ羽衣」<カゼノハゴロモ>
お兄さんの魔法の呪文が唱えられたのを聞いた時、私は強風に押され、村の大きな門の外に出されていた。
そこで見えたのは、村を包むような大きなつむじ風だった。
こんな事をしたら…‼︎
「お兄さん‼︎」
ごうごうとかき消されるような風の騒音にかき消されそうだけど、私はお兄さんの名前を叫んだ。
こんな、こんな大きな魔法を使ったら、お兄さんの命が危ないって教えてくれたのはお兄さんなのに…‼︎
「私も戦える!私も戦えるから‼︎お兄さんはただでさえ魔力を、もってないって…なのに‼︎」
「分かってるのなら、早く‼︎……お逃げ。私のこの魔法が、消えてしまう前に」
お兄さんが、私に向かって話す時に一人称を私にしたのはこれが初めて。
今日で、お兄さんの初めてを、沢山見つけてしまった。
いつも、僕って言うのに。
お兄さんは、風の騒音越しに、そう言った。
私を逃がすために、自らの血肉を、魔力に無理矢理変えて。
この村の唯一の出入り口を塞いでしまえば、確かに村の者達の動きをかなり止められる。
だとしても、お兄さんが犠牲になるなんて。
私は、笑う膝を思い切り殴った。とてつもない鈍痛に私は喉が切れるような叫び声をあげた。
膝から崩れ落ちたけれど、膝の震えは止まった。
立ち上がった時、一歩踏み出した時に頭痛も引き起こしそうな痛みが響くけれど、膝の震えを止められるなら。
私は、泣きながら走った。
膝の震えは無理矢理止めれたのに。
溢れ出る涙だけは止められなかった。
滲む視界のせいで、たんこぶがこれで三個目だ。
また、会えるよね、お兄さん。
会えなくても、私から会いに行くから。
お兄さん…ううん、風神さんだったっけ。
風神さん、待っててね。