短編集
居酒屋の中はやはり賑わっていて、ガヤガヤとした店内では会話の声が聞きづらい。
あたしは晴斗の前を歩いて、同窓会をしている奥の広い座敷部屋に進んだ。
「ほら、ここだよ」
目の前には襖。
中の盛り上がりが戸を閉めていても聞こえてくるほど中はうるさそうだ。
「・・・」
晴斗は相変わらず複雑そうな顔をしていて、少しため息をついた。
そして、襖を開けようとしていた手を離してあたしより大分高い位置にある頭をポンポン、と軽く撫でると晴斗は驚いたように目を見開いた。
「大丈夫だよ。何かあったらあたしが上手く言いくるめるから」
ふっ、と微笑んでから襖に手をかけて今度はゆっくりと開いた。
後ろから、「そういうところ、変わっていないね」と小さく聞こえた言葉には返事をしないで心の中にしまった。
やっぱり、入った瞬間のみんなの顔は驚きとか慌てた様子とか、想像していた通りのものだった。
それでも、あたしは気にせずに「あっちに市原いるよ」と晴斗に席を指さしで教えてあげてあたしも何食わぬ顔で離れた元から座っていた場所に腰をおろした。
晴斗も、小さく頷くと教えられた席に向かい、市原も何も気にせず「こっちこっち」と呼びかけた。
数十分ほど経つと、みんなも各々の会話に再び花を咲かせてまた騒がしくなった。
「ななちゃん」
「ん?」
幼い頃の呼び方でいつのまにか向かいに座っていた可愛らしい女の子はあたしの名前を呼んだ。
保育園の頃から一緒で親友という間柄だった祈。ななちゃんと呼ぶ数少ない人間の一人だ。
そして、あの4人で起こしてしまった悲劇の役者のひとり。
彼女はひどく申し訳なさそうに表情をゆがませて、あたしの目を見た。