忠犬カノジョとご主人様
「……八神君?」
せめて、俺のことを男として意識して欲しい。
ずっと、無防備な笑顔をふりまいては、するすると俺の指の間をすり抜けていってしまうあなたの瞳に、俺を焼き付けて欲しい。
「えっ」
……双葉さんの、細い腰に腕をまわして、俺は思わず彼女を抱き寄せた。
驚いている彼女を無視して、バッグを下に落として。
ずっと憧れだった彼女のことを、力強く抱きしめた。
双葉さんの髪から香るシャンプーのにおいに、理性がぶっ飛びそうになった。
好きです。あなたが。
ずっと、欲しかったんです。あなたが。
こんなにも。
この情熱が、言葉にせずとも彼女に全て伝わればいいのに。
そう思って抱きしめていたけど、すぐにぐっと胸を押された。
「八神君……っ?」
「ただの部下で、終わりたくないです」
「え」
「……でも、今の俺じゃ、まだあの人に勝てそうにはないから、もっと成長したら、その時は……俺のことをもっとちゃんと、見て下さい」
双葉さんは、戸惑ったように瞳を震わせていた。
でも俺は、連絡先を聞けずに別れたあの時みたいな思いをするのは、嫌だったんだ。
これはあの人に対する宣戦布告だ。
もっと大きくなって、いつか双葉さんを振り向かせる。
……時が止まっていたのを、携帯の振動が遮った。
双葉さんは、電話の相手の名前を見て、固まっていた。
彼女が出ようか迷っている様子だったので、俺は彼女から携帯を取った。