忠犬カノジョとご主人様
「もしもし、八神です」
「……上司の携帯に勝手に出るなんて、随分と非常識だな」
「すみません、双葉さんが迷っている様子だったので」
「……お前じゃなく双葉に話があるんだ」
「海空さんは、本当に双葉さんのことを愛しているんですか……?」
「………」
「俺はもう2回宣戦布告しました。俺程度の男から何を言われても焦らないのかもしれないですが、逆を言えば俺程度の男でも可能性があるんじゃないかって考えてしまうくらい、海空さんが双葉さんを放置しているように見えてるってことですよ」
「………」
「何も、反論しないんですか。どうして双葉さんをこんなに不安にさせるんですか」
「いいから双葉にかわれ。お前に話すことは何もない」
「嫌です! 本気ならここまで彼女を迎えに来てください。センタービルの真向いの6階建てのマンションです」
そこまで言うと、咄嗟に双葉さんが俺の腕を掴んだ。
「来るわけないよっ、もういいよ、私帰るから……」
「でも、今は帰りたくないって、ご飯作りたくないって、言ったじゃないですか」
「でも………」
「双葉さん、とりあえず中入って下さい。今は心を落ち着ける時間が、必要だと思います」
わざと海空さんに聞こえるように声を出した。
気付いたら、電話は切れていた。
……やっぱり、こういう人なんだ。こんなに挑発しても、何をしても、冷静ぶって、心を乱さない。
そう言う所が、こんなに健気な彼女を不安にさせてきた。
そんな彼女を見て、きっと色んな男が“俺ならそんな顔をさせない”と思ったのだろう。
――――俺みたいな虫を引き寄せさせているのは、海空さんだ。
もっとわかりやすく愛してあげれば、俺だってこんな強引なことしなかった。
双葉さんが幸せそうなら、こんな強引なことしなかった。