忠犬カノジョとご主人様
「八神君……でも、私、八神君の気持ちには応えられない……」
「分かってます。そんなこと。そのうちでいいんです。俺がもっと、大きくなったらで」
「違うの、その……想像もつかないの。海空さん以外の人を好きになる自分が、この先も全く……」
「……わずかな可能性も今切り捨てて欲しいって、ことですか」
「………そういうことに、なる……」
「双葉さんは……、海空さんの、どこが好きなんですか…」
「………分からない…でも最初から、目が離せなくて……」
「だったら、もっと幸せそうにしてください! 俺は海空さんのことで不安になってる双葉さんを、もう2回も見ました」
「………っ」
「その度に俺は……俺だったらって……!」
思わず双葉さんの両肩を掴んだ手が、勢いよく何かに払われた。
そして、双葉さんの体がぐっと後ろにのけぞって、ありえないほど乱れた呼吸が聞こえた。
―――双葉さんを後ろから片手で抱きよせて、じっと俺を睨んでいる海空さんが、そこにいた。
俺も双葉さんも、2人して驚いて、目を丸くした。
なぜなら、あの冷血人間として有名な、鉄仮面の海空さんが、彼女の為に息を切らして、顔を歪ませていたからだ。
「……住所の情報、少ねーんだよ! お陰でタクシーの運転手どれだけ困らせたと思ってんだ!」
あの海空さんが、こんな風に声を荒げるところを、俺は初めて見た。
双葉さんもそれは俺と同じだったようで、ただただぽかんと大口を開けていた。
「ていうか、クルミも! 来るわけないって、俺をなんだと思ってんだ!」
「え」
「俺が怒ってたのは、君がお節介すぎるからとか、そんな理由じゃない。どうしてこんなに分かりやすい好意を寄せている部下と2人きりになったんだってことだ!」
「そ、ソラ君……?」
「大体そんな細腕で男一人支えるなんて……誰かもう一人呼べばよかったんだ。途中でこいつが変な気を起こしたら君はどうしたんだ!? どうしてそんなに考えが足らないんだ。どうしてそんなに俺を不安にさせるんだ!」
「そ……ソラく……」
「こんなものつけさせたって、意味ないじゃないか……」