忠犬カノジョとご主人様
そう言うと、ソラ君がごろっと体勢を変えて、床に座っている私と目を合わせた。そして、優しく私の頭を撫でた。
「……違うんだ。クルミ……あんなのは建前で、本音は、ただの嫉妬なんだ……」
「え……」
「さっき俺はクルミだけを怒ったけど、正直タクシーの中で死ね八神って何億回唱えたか……」
「目が本気!!」
「……クルミは、俺と違って優しい人間だから、だから、八神とか、そういう新人とか……とくに俺みたいなずるい人間は、クルミに弱いんだ。それをクルミは分かってない……」
ソラ君が、さっきとはまったく違う、弱弱しい声でそうこぼした。
彼の切なげな瞳が同じ高さにあって、彼の大きな手が何度も私の髪を滑る。
薄暗い部屋で、私は、どうしたらいいのかわからないくらい育ってしまった彼に対する愛情を、なんとか胸の中に抑え込んだ。
―――ソラ君は、本当にずるい。
いつも冷たいくせに、時折こんな風に甘えてくるから。
「ソラ君も、不安なときがあるの……?」
私がそう質問すると、彼はぐっと私の後頭部に手を回して力を入れた。
そして、かなり近距離で、こう囁いた。
「不安で仕方ない。どうにかして、クルミ」
……彼の獣モードのスイッチがあるとしたら、そのスイッチが入ったのはまさに今この瞬間だった。
彼の口から“不安”なんて言葉出る日が来るなんて、思ってもみなかった。
だって、私だけが彼を好きでいるような、そんな付き合い方だったから。