忠犬カノジョとご主人様
菅ちゃんはぶつぶつそう言いながら、どこか納得いかないという風に自分の業務に戻った。
……私は、いつも以上に仕事に熱心になった。
なにかに没頭していないと、すぐにソラ君のことを考えてしまうから。
双葉クルミ、ここが正念場よ。
私はそう言い聞かせて、ソラ君への気持ちを強く強く押し殺した。
他の女性社員がソラ君のことを飲みに誘っているのを耳にしてしまった時も、女性の上司とランチ同行しているのを見てしまった時も、私は耐えた。とにかく耐えた。
菩薩になるのよ……双葉クルミ……。ここで動揺してはダメ……。
私はスクリーンセーバーを菩薩様にして、何度も心を落ち着かせた。何人かの社員が私のPCを見て珈琲を吹きだしていた。
恋愛もののドラマは全て避けて、恋愛ものの曲も全て削除し代わりに英単語の発音のCDを入れ、暇があれば仏教関連の本を読んだ。
そんな私の奇怪な行動が少しずつ知れ渡り、職場では私がやばい宗教にハマってる……なんて囁かれだして部長にも呼ばれたりした。なんとか誤解は解いたけど。
でも、人間忙しくしていれば日々はあっという間に過ぎ去るもので、悩んだり悲しんだりする時間も、こんな風にしていれば案外削れるのだと実感した。
資格の勉強もめちゃくちゃ頑張って、なんとかギリギリで合格したし、新しい仕事も沢山覚えた。
こんな風にして、いつしか私にも他に好きな人ができて、自然とソラ君を好きな気持ちも薄いで行くのだろう。
その時まで、今はただがむしゃらに働こう。
私はそう決心して、日々仕事に集中した。
「あ、双葉さん」
――――そんな風に過ごして1か月経ったある日の休日のことだった。
行きつけの本屋で、ソラ君と偶然にも会ってしまった。
その日私は、菩薩になろう期間を経てからの自分磨きを頑張ろう期間に移行していて、オフショルダーのワンピースに髪の毛をくるくるに巻いて、マニキュアまでして、完全に乙女な格好をしていた。
こんなぶりぶりの女子大生みたいな恰好をしている所をよりによってソラ君に見られるなんて……。
今までの数々の作戦をもってしても、私は未だにソラ君を見ると胸がきゅーんと苦しくなった。
私は、咄嗟に立ち読んでいた美容の本を戻して、ぎこちない笑顔を返した。
「1人? ていうか真野上駅からわりと遠いのに、ここまで来てるの?」
「う、うん1人だよ、この本屋さん、私的に本棚の配置とかポップの飾り方とか、色々とツボで……」
「そうなんだ。俺もその気持ち分かるよ」