彼はお笑い芸人さん
芸人さんの彼女の心得
「じゃあ、もう一回寝ます」
「いー加減にしなさい」
爆笑の渦を生み、舞台の袖に引けるお笑いコンビ。
テレビでお馴染みの光景が、こんなにも身につまされるものになるとは思いもしなかった。
透琉くんの彼女になるまでは。
辻透琉(つじとおる)、若手お笑いコンビ「とーぐん」のボケ担当。
幼馴染みの尾崎群司(おざきぐんじ)と「お笑いで天下統一」目指して、コンビ結成して二年半。
透琉くんの偏った妄想で展開していくボケと、それをあしらうぐんちゃんの仕切りの良さが絶妙で、テンポのいい漫才を売りにしている。
「コントじゃないの、漫才。俺らは漫才で認められたいの。マイク一本を前にしてさ、喋り一つで勝負したいんだよ、分かる?」
うちにやって来ては、缶ビール一本で酔っ払って、ぐちぐちと「お笑い理想論」を語る。
舞台でウケなかったときや、過酷な地方営業から戻った日には特にしつこい。
そんな、いかにも「売れない若手お笑いコンビ」だったとーぐんの人気がぐんぐん伸びてきたのはここ半年だ。
深夜枠のテレビ番組への出演を皮切りに、ゴールデン枠にもゲストで呼ばれたり、ティーンズ向けの雑誌で特集されたり。この春には、人気バラエティ番組の準レギュラーが決まった。
まさに快進撃を続けている。
あっという間に「お茶の間の人」になってしまった透琉くんを自宅で眺め、最初の頃のように喜べない自分がいる。
多忙になった透琉くんと会える時間は激減。
それならそれで連絡くらいほしいのに、それも全然マメじゃない。
< 1 / 161 >