彼はお笑い芸人さん
そこまで言って、透琉くんは私の顔を見た。
「あ、『ルックス売りにして』とか言っちゃったけど、売りになってんのは主に群司ね。俺は『芸人のわりに』話題にしてもらえるって程度で。『芸人のくせに』とか『芸人のわりに』とかさ、俺ってマジで中途半端。なーんか、何がしたいのかも、最近分かんなくなってた」
そしてふいと視線を前に向けた。
黒い液晶テレビ。電源が入っていない画面に映りこむのは、ソファーに並んで腰掛けている私たちの姿。
「謹慎中、ずっとテレビ観てた。菜々ちゃんの言うとおり、俺……やっぱりあそこに戻りたい。好きなんだ。わいわい言って、馬鹿やるのが。回ってくるチャンスを物にしてやるって、ギラギラわくわくするのが。自分の言葉でどっと笑いが起きると、すげー嬉しい。興奮する。やめらんない。悔しいことは全部、笑いにしたい。取り上げられて初めて、事務所の有難さとか分かったし、恩返ししたいって思うから……」
だから、と言って透琉くんは言い淀んだ。
「……だから、菜々ちゃん……」
嫌だ。
そんな悲痛な表情で言われたくない。
笑って透琉くん。
「うん、分かった。別れよう。私と付き合ってると、仕事に専念できない部分あるもんね。別れて、サッパリして、心機一転して頑張ろうよ」
絶対、笑って言おうと心に決めていた言葉。
だってこれは、透琉くんへのエールだ。
透琉くんが、夢に向かって羽ばくための。
送り出すときは笑顔で。そう心に決めていたから。
透琉くんは瞳を見開いて、それから大きく深呼吸して、
「うん……頑張る」
泣きそうに笑った。