彼はお笑い芸人さん



「別に、ついて行こう思わんでええやん。菜々ちゃんはそのまんまで。無理して、変わる必要あらへん」

 見た目キリっとした、クールな東洋美人の雪美さんは、口を開くと大阪のおばちゃんだ。
 メリハリのある声量で、感情豊かによく喋る。
 気さくで情に厚い、頼りになる。そんな関西人のイメージそのもの。

「今、とーるはいっぱいいっぱいやろ? 環境の変化についていくんで必死やねん。嫌でも変わらなあかんこともあるやろうし。そんなときはなあ、菜々ちゃんがなーんも変わらんでおってくれるんが一番やねんて。癒したってやりやぁ。どーんと構えとったらええねん」

 昔の人がよく言う、「女は港」ってやつか。
 男の人は船で、自由に放浪するけれど、帰り着くところは決まってるっていう。

 なるほどなあとは思うけれど、ただ待つ身でいるのは性に合わない。
 必ず自分の元に帰ってくるという自信がないからだろう。

 雪美さんみたいにどっしり構えていたいのに。

「分かってるんですけど……透琉くんが綺麗な女優さんと楽しそうにしてるの見たりすると、なんかモヤモヤしちゃうんです。仕事だって、分かってるんですけど」

 透琉くんの世界はそっちなんだなって思ってしまう。
 今の透琉くんなら、そっちの世界の人を選んで付き合うことも可能だろう。

「あ~もう、あかんあかん。不毛な想像はやめとき。もしこうやったらどうしよう、ああなったらどないしよういうて、そんなまだ起きてもあらへんことで悩みなや。人生、楽しまなもったいないで。とーるが浮気したらしたで、そんときや。心配せーへんでも、やる奴はやるし、やらん奴はやらへん」

 さすが雪美さん、アラサーにしてこの肝っ玉。
 っていうか、「とーるはやらへん」とは言われへんのかい。

 胸のうちで突っ込みを入れたとき、雪美さんちのリビングのスライドドアが開いた。

「せやせや、とーるはやる奴やで。菜々ちゃん、しっかり手綱引いときやあ」

 にっかり笑いながら現れたのは、この家の主、久遠さんだ。
 テレビではいつも大人カジュアルな服装で決めているけれど、家では大抵上下スウェットで、今日は無精ひげも生えている。濃い顔だちに引けを取らない濃い体毛の持ち主で、半日でひげが生えるそうだ。

 てっきり家にいないと思っていた久遠さんの登場にびっくりした。




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