この冬が終わる頃に

桐島里菜実


 時刻はすでに定時を回った。
 外は薄暗く、噂では雪が降っているそうで酷く冷えていた。
 窓の向こうには、隣のビルの明りが映るだけで、その噂の真相は目では確かめられない。
 電車は止まらないだろうか、という心配の声と一緒に、カチャカチャとひたすらキーボードを弾く音がオフィスにこだまする。時計をもう一度見るが、定時はとうに過ぎている。しかし、誰一人としてそんな素振りは見せずに仕事をしていた。
 一昔前なら、机の上に大量の書類が積まれていたのだろうが、何デジタルの時代。液晶の画面の向こうにだけ存在する仕事達。はたから見れば、皆何に追われているというのだろうか、酷く滑稽な光景だった。

「あのー、桐島先輩?」

 恐る恐る声を掛けてきた甲斐田に、私はため息混じりに返事を返した。

「何かありました?体調が優れないとか、貧血とか?顔色が悪い気がしますけど……。」

 甲斐田は、本当によく気付く。それだけ、私の傍にいるということなのだろう。くりくりとした瞳が、私を真剣に写し込む。

「大丈夫、少し寝不足なだけだから。」

 そう返すと、甲斐田は怪訝そうな表情をした。
 失敗した。

「大丈夫じゃないですよ、二日間寝なくても平気そうに仕事している先輩が、寝不足で顔色悪いなんて、絶対大丈夫じゃないです。というか、今日はもう帰ってください。」

 甲斐田は勢いよく椅子から立ち上がると、すぐに私の横に駆け寄ってきた。
 その様子に、周りからの視線が集まる。オフィスが、ざわめくのが分かる。
 大事になってしまいそうだった。ああ、本当に甲斐田は可愛い。
 別に寝不足なわけでもない。貧血でもない。ただ少し、疲れているだけ。身体が重くて、何もする気が起きない。デスクに頬杖をついて壁掛け時計を見ていたら、あっという間に時間が過ぎてしまいそうだった。

「先輩、熱あるんじゃないですか?」
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