この冬が終わる頃に
優雅な昼下がりになった。
オフィスには、私と甲斐田だけ。岡田たちはどうせならと近所の喫茶店までランチに出かけた。
他の部署は当然仕事中の時間であるので、がらんと広い私のオフィスだけ、やたらと静まり返っていた。
ぼんやりと椅子に座って、パソコンの画面を見つめる甲斐田に、私は缶コーヒーを差し出した。
「先輩、僕、この仕事向いてると思いますか?」
ぽつんと、投げかけられた。
「ええ、向いてる。」
私が即答するとは思わなかったのか、むしろ向いてないと言われることを期待していたのか、甲斐田はポカーンとした表情をしていた。
「心配しなくても、凄い才能持ってると思うから、大丈夫よ。」
金魚のようにパクパクと空回りする甲斐田の口が可愛くて、笑みが漏れる。
「気にしなくていい、よくあることだから。だいたい、バレンタインのデザインなんて、素人さん目からしたらどれも似たり寄ったりになるのよ。使える色も決まってくるし、使えるモチーフだって限られてくるんだし。その定型を使わなかったら使わなかったで、文句が来るようになってるのよ、この世界。」
ぽんぽんと甲斐田の頭を撫でてやる。
よほど取り乱したのか、いつもは綺麗に手入れされている猫っ毛が、くしゅくしゅと絡まっていた。
「僕、先輩みたいになりたいんです。先輩みたいに偉くなって、凄くなりたくて。」
再び甲斐田は、ぽつんと言った。
まるで、独りごとのようだった。しかし、私は、自分はそんなに凄い人間ではないと、申し訳なくなる。
「それは、やめた方がいいと思う。」
「え。」
「甲斐田くんは、うちの会社みたいな中途半端な所じゃなくて、もっと仕事を選べる所に呼ばれると思う。有名な個人事務所とか、大手企業の専属デザイナーとか、独立して自分の事務所を持つのもありだと思う。そういうことが出来る人だと思う。」
十年もしたらこの業界では有名な人間になっているかもしれない。
十年先か、私はいったい、何をしているんだろう。同じ仕事をしているのだろうか。
甲斐田の未来と自分の未来を重ねてしまうが、おそらく重なりなどしないだろう。
私は、このまま埋もれて行って、甲斐田は雲より高い場所に行くのだろう、きっとそうだろう。
それが、少しだけ羨ましい。
「もし僕が、独立したら、先輩、僕についてきてくれますか?」
「へ?」