この冬が終わる頃に
「何言ってるの?」
引きつった笑みが漏れた。
思わず茶化してしまった自分が、後ろめたかったが、どうしようも出来なくて、私は逃げるようにオフィスをでた。
空調管理の甘い廊下は、大分寒い。そして、そこには、仁和がいた。
「人に頭下げさせといて、部下と逢引っていうのは、いただけないと思うんだけど。」
「仁和さん。」
仁和は、その整った顔で感情を隠しているが、ものすごく虫の居所が悪い気がする。
コツコツと近づいてくる足音が、ワザとらしほど大きい。
「断れよ。」
地の底を震わせるような、低い声だった。ぞくりと私の背筋を悪寒が走る。
言い返す言葉があるはずなのに、その声が与える恐怖に似たものが、私の口を遮った。
「それから、あのガキのデザインそのままで進めるように話つけて来たから、変更なし。今すぐ、作業に戻らせろ。」
「嘘、どうやって。」
「はぁ?別にデザインに何の問題もなかった。先方の気まぐれだろ、この時期に全否定なんて。他社のデザイン持って行って、あのガキのデザインがあたかも優れているかのように、プレゼンしてきた。だいたい、営業通さずデザイン部に直接外線つなぐ、うちの受付の頭がおかしい。」
「ありがとう、ございます。」
「まったくだ。」
いつもように、仁和は自信満々に言いのけた。
寒い中帰ってきたのだろう、仁和は冷たい外気を帯びていた。
何故だか、その冷たい空気が酷く申し訳なかった。
「すみませんでした。」
「別に、里菜実が悪いわけじゃないし、俺は俺の仕事をしただけだから、謝られる理由が分からない。」
仁和は私の中の一番危うくて、あやふやな部分を、容赦なく抉っていくような気がする。
抉るだけ抉って、何の処置も繕うこともしてくれない。
そして、いつも、当たり前のことだと、揺るがない態度で立ち憚って見せる。
いつも彼から私に、選択肢はない。一方的な寄せるだけの波のようだ。