この冬が終わる頃に
「別に、式なんて上げなくてもいいんだけど。」
エアコンの電源を抜いて久しくなる。
低い位置に漂っていた雲も晴れ、空は突き抜けるように高く、真っ青だった。
桜の季節も終わりを迎え、会社では甲斐田の下に可愛らしい女の子後輩がついた。
まだ、そこらしこに新しい匂いが漂っている。
「はぁ?里菜実、お前、俺を馬鹿にしてるのか?」
婚約指輪を薬指にはめられてから、有無を言わさず仁和の家に引っ越しをさせられた。
指輪を貰ったプロポーズの翌日、指輪をうっとり見つめていると、家にいきなり引っ越し会社の見積もりの営業がやって来て、次の日には自分の荷物とともに仁和の家にいた。
仁和のお気に入りのコーヒーメーカーで淹れたコーヒーを飲みながら、仁和は結婚情報誌を食い入るように見つめている。
「そうじゃないけど、仁和さんのことだから、なんか、盛大にやり過ぎるのが怖い。」
「盛大にやって何が悪い?最低三回はお色直しをして、お前の部下全員、特にあのガキには見せつけとかないと。」
「別に、そんなことしなくても、仁和さんの言う通り仕事辞めるよ?」
「お前、馬鹿だろ?」
「何よ。」
「別に。」
ふいっと仁和は、目線をそらすと、再び雑誌に目を落とした。
普通は、そういう雑誌とか式の話とか、女の方がムキになってやるものではないのだろうか。
「仁和さん?」
すっかり意固地になって、雑誌を読む仁和が子供っぽくて、可愛い。
ばっちりスーツを着こなして、真っ直ぐ背筋を伸ばして歩く営業部のエースという肩書からは、きっと誰も想像つかないだろう。
今の私は、そんな些細なことで優越感に浸っていた。
「仁和さん、私、白無垢も着たいなぁーとか。」
ご機嫌をとるように、少し甘えた声で言うと、仁和は横目で私と目を合わせた。
「白無垢の前に、その仁和さんっていうの、直せ。お前だって、時期に仁和さんになるんだろ。」
「麻人さん。」
「ん?」
「そういうとこ、好きです。」
伸ばした腕は、抗えない大きな力に、呑み込まれた。
底から優しく救い上げて、全てを攫ってくれる。
それは、寄せては返す、砂浜の波のように果てしない。