この冬が終わる頃に
「うわぁー、緊張する。」

 手のひらをこすり合わせながら、甲斐田はどこか落ち着かない様子で、私の隣の席に座った。
 ガラス張りで区切られた会議室には、同じデザイン部のチーフ達と、企画部にマーケティング部、営業部など違う部署の人間も集まっている。
 私以外は皆、男性で、年齢も私より上だ。
 そんな私の横に、心細そうに座っている甲斐田のためにも、私は出来るだけ堂々とした態度を務める。
 萎縮したら、負けだ。

「今年の傾向はパステルカラーで、ピンクや水色を基調としたものが人気になると思われ、予算も去年より上がり、高級感のあるものがベースになってくると、思われます。」

 マーケティング部が、ずらずらと報告を上げていくのを、私の隣で甲斐田はやけに熱心にメモを取っている。
 私にもこんな時期があったな、何にでもがむしゃらに一生懸命な時が。
 しかし、今となっては、バレンタインデーにピンクや水色は当たり前だし、女子高校生相手にバレンタインデーを打ち出すならともかく、高級感のあるデザインというのも究極至極当たり前の話ではないだろうか。
 そんな、皮肉ばかりが浮かぶ。

「次は、営業部の仁和さんから、お願いします。」

 司会がそう告げた瞬間、ピリリと空気が変わるのが分かった。毎週行われている定例会議だ。
 そういうものだから、といった感じで座っている者たちも、いっせいに顔を上げた。

「桐島先輩、あの方が噂の仁和さんですか。」

 こそこそと甲斐田が言った。
 入社して一年もたたない甲斐田でも知っている営業部の仁和。
 彼は、颯爽と前へ出ると、臆した様子もなく話し始めた。低音だがよく響く声。その声には逆らえないような一本筋の通った強さがった。

「今回、A社のバレンタインデーのトータルデザインですが、全国五十六店舗すべてで同じものを使用します。つきましては、お手持ちの資料の……。」

 仁和麻人(にわ あさと)。
 誰でも知っている営業部のエースだ。
 彼に取ってこられない仕事はない。または、彼に売り込むことのできない仕事はないと囁かれるほどの、営業部の花形だ。
 おまけに、するりと伸びた長身、広い肩幅に寄り添うスーツ。きゅっとしまった腰から伸びる長い脚。ツンと吊り上がった細く切れた瞳に、その鋭い瞳の印象を打ち消す甘い口元。容姿抜群。
 何処に非を見つけて拝み倒してやればいいのか、という程、完璧なイケメンだ。
 神様は、どうしてこんな完璧な男を作ってしまったのか、と仁和を眺めていると不意に彼と目が合った。

「ということで、今回はデザイン部第四班の桐島さんにお願いします。」
「は、はい。」
「俺の話聞いてました?」
「もちろんです。」

 にっこりと音が出そうなほどの笑みが飛んでくる。
 私は正直、仁和が苦手だ。会話という会話をしたことがあるわけではないが、私は苦手だった。
 何がどう苦手、というわけではないが、その完璧ぶりが苦手だった。

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