この冬が終わる頃に
仁和麻人
はっと気付いた時、私は机にうつ伏して、眠っていた。
パソコンの画面には、真っ白なままの企画書が鎮座していた。
どうやら、唸っている間に眠ってしまっていたようだった。
ため息がでる。
真っ白な企画書ほど、私を脅迫じみて追いかけてくるものなどない。
いっそ、朝までこのまま眠っていてしまいたかった。
私のデスクの上にだけ明かりがともり、あたりはぼんやりと薄暗い。
部下たちが皆帰ってしまったオフィスは、やけに静かで、時計の秒針の音が耳障りだった。
乱れた髪の毛を搔き上げながら起きると、何故だか背中に毛布が掛けられていた。
休憩室に常備されている仮眠用の毛布だった。いったい誰が。同じ部の社員はもう誰も残っていない。
「不用心にもほどがあると、思うんだけど。」
まだぼんやりとする頭に、聞き覚えのある男の声が響いた。
振り返ると、仁和麻人がいた。
「仮にも女性なんだから。」
「別に、いつも寝泊りしてるので、今更ご心配には及びません。」
強気に言い返すと、仁和はふーんと笑った。
「終電は大丈夫なんだ?」
はっとして、壁に掛けられている時計を見るとあと数分で日付が変わろうとしていた。
終電は、十二時十三分。どう頑張ったって間に合わない。知っているなら、もっと早く起こしてくれればいいのに。
まぁ、そんな親切を私に施すメリットなど仁和にはないのだが。
「二駅程度なので、タクシー拾いますので。」
「乗せて帰ってやろうか、俺、車だし。」
「お構いなく。」
強気に言い放って、少し後悔する。乗せてもらった方が楽だ、お金も浮く。
しかし、親しくもない男の車に乗って帰宅など、色々ダメだ。それこそ不用心だ。
「可愛くない女。」
「はぁ?」
信じられない言葉に、攻撃的な返事が漏れる。
「可愛くない女だって、言ったの。そこは素直に甘えるのが普通の女だろ?」
思考回路が一瞬止まる。
私と仁和の他に誰もいない静かなオフィス。時々、巡回の警備員の足音が静かに響く。
「普通の女でなくて結構です。可愛くなくて、結構。」
静かに言い放って身支度をする。
パソコンの電源を切り、書類を鞄に収める。
それからコートを羽織って、マフラーを巻いてから、振り返る。
「失礼します。」
きわめて冷静に、一言。
「桐島さん、仕事向いてないと思うけど?」
口元に不敵な笑みを浮かべながら、仁和は言い放った。
「余計なお世話です。あと、電気、消しといてくださいね。」
頭が爆発しそうだった。
何なんだ、なんで初対面の相手にそんなに言いたい放題言われないといけない。
可愛くない女で結構。すぐに男に頼るような普通の女でなくて結構。仕事が向いてなくても結構だ。営業部のエースだか、イケメンだか、さぞおモテになるのだか知らないが、これでも毎日懸命に働いているし、仕事だって出来る方だという自負がある。
苛立ちを隠して、私は静かに歩く。
大きな足音を立てたり、早歩きしたりしたら、負けてしまうような気がしてならなかった。
パソコンの画面には、真っ白なままの企画書が鎮座していた。
どうやら、唸っている間に眠ってしまっていたようだった。
ため息がでる。
真っ白な企画書ほど、私を脅迫じみて追いかけてくるものなどない。
いっそ、朝までこのまま眠っていてしまいたかった。
私のデスクの上にだけ明かりがともり、あたりはぼんやりと薄暗い。
部下たちが皆帰ってしまったオフィスは、やけに静かで、時計の秒針の音が耳障りだった。
乱れた髪の毛を搔き上げながら起きると、何故だか背中に毛布が掛けられていた。
休憩室に常備されている仮眠用の毛布だった。いったい誰が。同じ部の社員はもう誰も残っていない。
「不用心にもほどがあると、思うんだけど。」
まだぼんやりとする頭に、聞き覚えのある男の声が響いた。
振り返ると、仁和麻人がいた。
「仮にも女性なんだから。」
「別に、いつも寝泊りしてるので、今更ご心配には及びません。」
強気に言い返すと、仁和はふーんと笑った。
「終電は大丈夫なんだ?」
はっとして、壁に掛けられている時計を見るとあと数分で日付が変わろうとしていた。
終電は、十二時十三分。どう頑張ったって間に合わない。知っているなら、もっと早く起こしてくれればいいのに。
まぁ、そんな親切を私に施すメリットなど仁和にはないのだが。
「二駅程度なので、タクシー拾いますので。」
「乗せて帰ってやろうか、俺、車だし。」
「お構いなく。」
強気に言い放って、少し後悔する。乗せてもらった方が楽だ、お金も浮く。
しかし、親しくもない男の車に乗って帰宅など、色々ダメだ。それこそ不用心だ。
「可愛くない女。」
「はぁ?」
信じられない言葉に、攻撃的な返事が漏れる。
「可愛くない女だって、言ったの。そこは素直に甘えるのが普通の女だろ?」
思考回路が一瞬止まる。
私と仁和の他に誰もいない静かなオフィス。時々、巡回の警備員の足音が静かに響く。
「普通の女でなくて結構です。可愛くなくて、結構。」
静かに言い放って身支度をする。
パソコンの電源を切り、書類を鞄に収める。
それからコートを羽織って、マフラーを巻いてから、振り返る。
「失礼します。」
きわめて冷静に、一言。
「桐島さん、仕事向いてないと思うけど?」
口元に不敵な笑みを浮かべながら、仁和は言い放った。
「余計なお世話です。あと、電気、消しといてくださいね。」
頭が爆発しそうだった。
何なんだ、なんで初対面の相手にそんなに言いたい放題言われないといけない。
可愛くない女で結構。すぐに男に頼るような普通の女でなくて結構。仕事が向いてなくても結構だ。営業部のエースだか、イケメンだか、さぞおモテになるのだか知らないが、これでも毎日懸命に働いているし、仕事だって出来る方だという自負がある。
苛立ちを隠して、私は静かに歩く。
大きな足音を立てたり、早歩きしたりしたら、負けてしまうような気がしてならなかった。