この冬が終わる頃に


 足元には、テレビなどでよく見るお掃除ロボットがいた。
 円形をしたそれは、キュキュキュと小さな音を立てて、回転しながら部屋の隅を走る。

「起きたか?」

 どこか哀愁さえ漂うお掃除ロボットの後を目で追うと、その先に仁和がいた。風呂上りなのだろう、濡れた髪の毛に、首にはタオルが垂らされていた。

「ん?うちのルンバ可愛いだろ?」

 仁和は、お掃除ロボットを持ち上げると、子供のように自慢げに見せてきた。
 お掃除ロボットは、宙に持ち上げられても、くるくると身体を回転させ、もがいているように見える。

「ていうか、お前、どこでも寝る癖、直した方がよくないか?」

 仁和は、お掃除ロボットを床に戻し、濡れた髪の毛をタオルで拭きながら、キッチンの奥に姿を消した。

「コーヒーでいいだろ?」

 声だけかけると仁和は、湯気のたつカップを持ってきた。
 それを机の上に置くと、瞬きだけを繰り返すだけの私に、不思議そうに笑った。

「座れって、うちのコーヒーメーカーが入れたコーヒーはうまいぞ。」

 抵抗する気力も生まれず、言われたままソファに座り、出されたままコーヒーを口にする。
 コーヒー特有の香りが鼻先で割れて散らばる。確かに美味しかった。

「朝、苦手とか?」

 仁和は私の隣に座る。シャンプーの香りなのか、慣れない石鹸の香りがコーヒーの香りと混ざる。

「それとも寝るの趣味かなんか?さすがに、レストランで寝られるとは思わなかった。」
「疲れてるんです。じゃなかったら、始めて会った時も寝てなかったし、昨夜も寝落ちなんかしなかった。」

 どこでも眠れることは否定しない。納期が近いと、平気で仮眠と仕事を繰り返し、数日家に帰らないこともある。会社の長椅子で眠るのも、休憩室のソファで眠るのも慣れたことなので、場所を選ばず眠れるというのは確かだ。

「だから俺と付き合えばいいって、言ってるんだけど?」
「言ってる意味がよく分かりません。」
「俺に養われればいいって、話してるんだけど、大丈夫?」

 さも、それはご飯を食べたら歯磨きするでしょう?というかのように、当然のことのように仁和は言いのけた。

「なんで、あなたに養われるとか、そんな話になるんですか?」
「里菜実は女なんだから、外で働かずに俺の嫁になればいい。」
「はぁ?」
「今の仕事に執着する必要がどこにある?今は、ちやほやされてても、そのうち年取って、お局様扱いされて煙たがられる前に、俺と結婚して、仕事、辞めさせてやろうって言ってやってるんだ。」

 勝手なことを言うな。
 そう言ってやろうと思ったのに、先に身体が動いた。
 パシン、と高い音を響かせて私の掌は、彼の左頬を思いっ切りひっぱたいていた。
 信じられないとでも言いたげに、仁和はきょとんとした表情で私を見つめる。
 彼の頬を叩いた掌が、じーんと痛い。それをぐっと握りしめ、私は荷物をまとめて、そそくさと彼の家を後にした。

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