一人の狼
消えた僕の腕
――危険

 そう書かれた黄色いテープに囲まれた一軒の廃墟。三年ほど前に火事が起きて以来、この建物はずっと放置されている。そのせいもあってか、気味が悪いと、今では誰も近寄らなくなっている。


さっさと取り壊せばいいのに……


 この建物が取り壊されないのには、理由があった。火事が起こるまで、この建物では多くの薬剤を取り上げた研究室として活用されていたのだが、その中には法律に反した研究内容が行われていた。その研究内容を知るものは極一部の者であったが、内部告発によって警察の調査が進められそうになった。けれども研究者たちは火を放ち、証拠隠滅を謀ろうとした。

結果的に、予想以上に成長した火はその研究内容だけでなく、彼ら自身、そしてこの建物自体を飲み込むほどの大騒ぎへと繋がった。研究者の多くはその火事に巻き込まれてしまい、研究内容を知るものは誰もいなくなってしまったという。

そのため、警察の調査は行き詰っており、放置された状態が続いている。

最後に調査が行われてから随分と経っている建物内は、埃が辺り一面を舞い、ところどころに開いている穴からは降り注いだ雨水が床に溜まっていたりと、あまりいい環境とは言えない。


ゴホッゴホッ!


本来誰もいないはずの建物内から、誰かの咳払いが聞こえる。咳払い以外にも、足音や瓦礫の崩れる音がたまに聞こえ、埃のおかげで視界はあまり良くないが、辛うじて人間とわかるシルエットが見える。


誰かいるのだろう。
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