君と防音室で…
「ありがと!じゃ、またね!」
来て1時間くらいで帰った。
いつもなら絶対夜中までいるのに…
家についてもやっぱり誰もいない。
もう夜だけど…仕事に忙しいのであろう両親が唯一私にくれたグランドピアノを弾く。
とりあえず…で弾いたピアノは指慣らしでしかなくて、もっと感情的に弾きたい思いでイライラする。
自己中な自分にもイライラして鍵盤の押しが強くなる。鍵盤壊しそう…
指慣らしが終わって愛してやまないドビュッシーの曲を弾いても気分は変わらず
…仕方なくお風呂に入って寝ようと思った。
お風呂に行くと必ず流れる曲がある。
父が個人的に好きな英雄ポロネーズ…私はドビュッシーを流したい。
それ以前にお風呂でくらい曲を聞きたくないと思う。
ピアノは好き。だけど…ここまで音楽に囲まれた生活をすると音楽に飽きる。
父がコンサートに出る時は嫌でも強制的に連れて行かれる。
別に嫌じゃないの。オーケストラはピアノにない音楽を持ってるから。
でも…
父の知り合い、親戚にあいさつ
ほんとめんどくさい。
その度に言われる。
『ピアノじゃなくでバイオリンやればいいのに。』
バイオリンだって嫌いなわけじゃない。
けど…
やっぱり私にはピアノだった。
6歳からとりあえずやらされたバイオリンは、コンクールで賞をとることがあっても…1位に、金賞にはとなれなくて断念。
でもピアノだけは違った。
楽しい、ただそれだけでピアノをやってこれた。
大好きなドビュッシー意外の曲は感情なんかこめようも無かったけど、その時の気分を表せるのがピアノで…なくてはならない存在。
それでいて…ピアノは絶対裏切らなかったから。
そんなピアノも今は楽しめない。
理由はイマイチわからないけど…
英雄ポロネーズが終わる。
次は父のオーケストラ曲。プロのオーケストラはさすがに上手い…
こんな上手い父のような才能あふれる人がとてつもなく羨ましい。
私には才能も何もない…
私より上手い人なんか世の中いっぱいいるから。
のぼせそうになってお風呂を出る。
そうすると、曲も止まる。人が来ると流れる、そんな仕組みだろう。
英雄ポロネーズと父のオーケストラの曲はベットに入るまで頭にまとわりついて来る。
ベットのふかふかな布団に倒れるように落ちる。
ふわふわなベットのはずなのに…肩を強打して痛い…
決まってぶつける肩と同時に思い出したのは繁華街のみんな。
試験終わったら行く…
そんなのは嘘。
私はあの世界、あの場所から、元彼の死…すべてを捨てて、ピアノに向き合うと決めたから。
これからは、きっと行くことはない。
だから今日だけは…
みんなを思い出して、明日の朝には忘れていますように…
明日の朝にはただのピアノ馬鹿でありますように…
そう願って眠りにつく。
あーあ…かけ布団もかけないで肩をぶつけた体制のままで、風邪引くなぁ…
そう思うほど冷静だった。
布団を直して、寝た。
翌朝起きると私は案外すっきりしていた。ただ…寝癖が酷い…
そういえば髪乾かさないで寝ちゃったなーって後悔した。
リビングに行くと、母からの置き手紙。
【再来週のコンクール、美音のことエントリーしといたからね〜!頑張りなさいよー】
なんとも勝手な母だ。
母も父と同じく才能のあるピアノ奏者だった…けど、ピアノの大きなコンクールで賞もとれなくて落ち込んだ母はピア二ストの夢を断念して、ピアノ教室の先生という立場にいる。
そのせいか、期待の星?(ピアノの先生達が考えた)とも言われている私であり、自分の娘の私をピアニストにしたいらしい。
コンクールはいい経験になる。
けど…
「試験1ヶ月後なのに…ありえないでしょ!」
独り言にしてはデカイ声で言った。
まだ寝ていた父が飛び起きて来た。
『大丈夫か!?何があった!?』
とまで心配された。