君と防音室で…



舞台に上ると広いホールにいる客席の人の

視線が…

スポットライトか…

熱い。

私の写真を撮る人もいる。

音楽雑誌の記者だろう…
【父、吉岡祐の娘、ピアノコンクールに出る。】

とでも書くつもりだろう。
平常心で礼をしようとピアノの前に立つと、東堂先生の姿と、やっちゃんの姿も見えた。


「…番 吉岡美音。曲、月の光。」


アナウンス(?)の後、礼をして、ピアノ椅子に座る。

深呼吸するとホール内の緊張感に身震いする。

この身震いも久しぶりだからか新鮮な感じ。


手を鍵盤に乗せて…弾く。

ただただホールの空気とピアノの楽しさ、ここのピアノの良さが良くて、楽しんでいた。

弾き終わるとまた礼をして舞台を去る。

すごい歓声の中冷たい視線が…東堂先生だ…逃げよう。
そう思って、衣装のドレスもすぐさま脱ぎ捨てて、コンクール予選会場を後にした。


「吉岡あぁぁぁー!!お前なんちゅー演奏しとんねん!!」


「すいませんすいません!」


関西弁の東堂先生は明らかに怒っている…そう思っていた。


「なんであんな上手くなったんや!?才能が開花したんか!?記者も驚いとった!」



いきなり言われた…東堂先生の言葉。
耳を疑う。


「え、ほんとですか⁇」


「やっぱりお前は天才や。音大に行くべきや!」


「それはちょっ

「まぁ考え直せや」


ほな、また本選に向けて練習やから!特別レッスンしにこいな!

と…言って帰った。
興奮した東堂先生も関西弁なんだ…

その後、記者、父の知り合い、音大講師がみんな言ってきた。


音大に入りなさい


と…

私には音大はあっていないと思う。
親の七光り的なことも絶対に言われたくない。
それに…


『吉岡祐の娘なのに…』


とも言われたくない。
だから私には音大は向いてない。




次の日。


月曜日で学校に行かなきゃ行けない。
推薦入試の日とかで来ない人も多い。
教室にも3分の2くらいの人しかいない。
クラスの友達もいなくて暇。こんなんだったら…ピアノの特別レッスン行ったほうがよかった…。


放課後。
やっと授業も終わって防音室に行く。
今日もまたピアノを弾く。
そして決まってやっちゃんが来る。


「先輩!あれみました!雑誌に特集されてましたね!」


「あ、そうなんだーありがとー」


「予選突破したんですよね?本選、絶対見に行きますね!」


異様なプレッシャー。
お父さんからの圧力、東堂先生からの言葉…そんなものより後輩からの純粋な目で見られてかけられるプレッシャーの方が重い…。


やっちゃんに弾いてください!と頼まれて、5曲くらい弾いた。
全部ドビュッシーの曲だけど。

やっちゃんは目をキラキラさせて聞いてくれた。
こういう子に聞いてもらうとすごく嬉しい。

弾き終わるとやっちゃんはいろいろ言ってきた。

興奮しすぎたやっちゃんは、椅子から落ちた。本気で痛そうなやっちゃんに…おもしろいとか思って申し訳ない。


「あ、今日からまた…ピアノのレッスンだから先帰るね!」


「はい!頑張ってください!」


「はーい」



急いで東堂先生の家に向かう。
遅刻するとあの先生はうるさい…


『俺だって暇じゃないんよ?貴重な時間をさいてやってんだからはよ来いや』


的なことを絶対言ってくる。

本気で走って…ほんとギリギリに東堂先生の家につく。
アップルパイの香りとバイオリンのBGMのような曲がマッチしてる。


「おじゃましますー」


東堂先生の家に入るとアップルパイの匂いがとてつもない。
奥さんがアップルパイでも作ってるのかな?とか思ってリビングに向かう。


「いらっしゃーい」


バイオリンを持ってたのは東堂の奥さんで…キッチンには可愛らしいエプロン姿の東堂先生。


「アップルパイ…食べるか?」


若干(いやかなり)引き気味の私に恐る恐る話す東堂先生。


「はい…東堂先生って…女子力高いですね…」


「そんなことはない。さ、アップルパイでも食べながら曲でも決めよう。」


アップルパイを食べた。お店のより美味しいかもしれない!と思ったけど…東堂先生に女子力で負けたのが嫌すぎて言葉には出さなかった。


「俺的には…またドビュッシーで亜麻色の髪の少女とか喜びの島でもいいと思うんだけど…。」


やっぱりこの先生はわかってる。
私がドビュッシー以外の曲には感情がイマイチかけられないことを。


「私もそう思ってました!」


「喜びの島の方がお前に合ってると思うんだが」


「じゃあ喜びの島にしましょう!」


ドビュッシーは全部好き。
特にドビュッシーならなんでもいいと思った。それに早く練習がしたい。

本選まであと1週間。

入試の実技試験まであと2週間。間に合うのか心配だから。


「じゃあさっそく練習な。」


喜びの島は初めて弾いた。
そのためだと私は思いたくなるくらい…東堂先生に怒られた。

またその日の夜、母にレッスンしてもらった。


そして…また、次の日の朝寝坊した。


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