君と防音室で…
いつの間にか本選当日。
「吉岡あぁぁー!早く着替えんか!本番前に確認するからはよせぇ!」
「はーい今すぐー!」
本選は出場人数が少ないからか、控え室という名の防音室を5人で1部屋ずつ時間で交代して練習出来る。
東堂先生が関西弁(これは興奮じゃなくて、怒りで)で叫んでいる。
いい迷惑だよ…
とか思いつつあの人はいい人だとわかってるから急ぐ。
「すいません遅くて」
「はよ座れ!」
椅子に座った途端弾かされた。
しかも…いつもより気合いの入った東堂先生は気迫が尋常じゃない。
「本番だと思って緊張感を持つんや!」
「もっと気持ちこめるんや!」
「指ならしちゃんとせぇへんかったやろ!?ドアホ!」
こんなんじゃ…
こんなんじゃ…
「本番までに指痛めちゃいますからね!?」
「は?」
「あ、すいません」
ついつい心の声が漏れた。
まぁその一言は私の本音であって…東堂先生もちょっと優しく指導してくれた。
「…番 吉岡美音さん。本番です」
「はい!」
東堂先生を見ると心配そうな顔。
「やりきりますから。行ってきます」
「おう!頑張れ!!」
東堂先生をおいて舞台裏に向かう。
「次、吉岡美音さんどうぞ」
舞台スタッフの人に言われて舞台にあがる。
母が特注で頼んだ高い…真っ赤なドレス…。歩きにくいけど、ペダルも踏みやすいし弾きやすいこのドレス。
注目度はすごい。
予選でも感じたホールの空気、緊張感。
視線、スポットライトの熱さ。
記者の人のシャッター音。
予選よりも多い人に…感動と…緊張を感じる。
また深呼吸。
「…番 吉岡美音。曲、喜びの島」
ピアノを弾く。練習通りに…ありのままで。
感覚と感情で弾く。
曲を弾き終えるとまた歓声とシャッターの音。
やっぱり好きだと思った。ピアノも…この空気も。
舞台から降りるのが嫌になるくらいに。
「吉岡今日もよかったで!!あ、今日は逃走は許さんからな?表彰までいろ」
「はい」
弾き切った私。疲れがピークで…誰もい
ない防音室で寝た。
そしたら…いつの間にか表彰で、メイクも結構ボロボロのまま、舞台に上がった。
「銅賞、…番。ーーーさん」
客席からはまたも歓喜の声。
「銀賞、…番。ーーーさん」
次はシャッター音まで…。期待されてる新人か、親バカなのか…。
「金賞…」
久しぶりに胸が高鳴る。
客席では、やっちゃん、東堂先生、意外にも両親が願っていた。
お願い!と心の中で願う…
「…番、吉岡美音さんです!!」
嬉しい。純粋に嬉しい!
客席でも、やっちゃんが泣いて、東堂先生は叫んで…お母さんお父さんも抱き合って喜んでる。
私に興味なさそうな両親が私のことで喜んでると嬉しくなる。
「表彰、第…回全国ピアノコンクール金賞…」
お偉いさんから賞状とトロフィーをもらった。
全国のピアノコンクールで金賞をとるのは初めてで…感情がおかしくなるところだった。
「吉岡美音さん!初の全国ピアノコンクール金賞の気分はどうですか?」
私のピアノを聞きに来てくれた人にあいさつに行こうと思ったら…記者に捕まった。
「純粋に嬉しいです。こんな立派なホールで私の演奏を多くの人に聞いてもらえて…金賞がとれて…最高ですよ。」
絶対記者の取材なんか受けない!
とか思ってたけど…嬉しすぎて記者にも報告したいほどだった。
取材される感じ…
意外に嫌いじゃない…。
その後、みんなのとこに会いに行った。
「お前は才能がある!自慢の娘だ!」
とお父さん。
「よくやったわ!私もこのコンクールは賞とったことないのに…。まぁ!私のおかげね!」
と悔しそうに…誇らしげにドヤ顔で言うお母さん。
ピアノで成績を出したから親が私を褒めただとかは思わないように…お父さんの中では私がちゃんと認められたんだろうと思った。
「吉岡は優秀やな!俺のおかげやかんな!一生感謝せぇよ!」
と、またも誇らしげにドヤ顔で…それなのに泣いてる東堂先生。
「美音先輩〜!ほんとにすごいですね!!感動しました!」
そう言ってまた、いちごタルトをくれた。嬉しい…
このコンクールが終わって何もかも吹っ切れた気がした。
コンクール前まではほんの少し…繁華街のみんなとか元彼の死を引きずって…ピアノとちゃんと向き合えていなかったと思うから。
その後、ピアノで有名になっちゃった私は大学も第一希望のところに受かった。