俺様とネコ女
ここはずっと目を伏せ、俺のほうを見ようともしない。だが、表情に、明らかに陰りが見える。


「まだ若すぎるという意見が一部の役員から聞かれましたが、私が押し切りました。きみは仕事熱心で、上司や同僚からの評判も上々です。きみを悪く言う人物がいないんです」

「ありがとうございます」

「8月1日から5年間、東京本社勤務を命じます。ただし、期間については多少変化する場合があることをお伝えしておきます。こちらの引き継ぎを早めに済ませて、遅くても、7月末には向こうに一度挨拶に行くように。上野さん」

「はい」


ここが持っていた封筒を専務に手渡した。

「この中にマニュアルや手順書が入っているので、休日の間に目を通してください。 個人情報は入っていないので、自宅に持ち帰って構いません。何か質問や要望があれば上野さんに。折り返し、こちらから連絡を入れます。では、がんばってください」

「はい。ありがとうございます」


ずっしりと重い封筒を受け取り、深々と頭を下げ退出した。


1課に戻る前に、一人になりたかった。

この時間は誰もいないだろうと思い、社員食堂横の自販機コーナーに立ち寄った。そしてベンチに座り、頭を抱えた。


何で俺なんだ?今年は山本主任で決まりだったんじゃねえの?

主任なんて、山本もこの前なったばかりだぞ。


8月1日まで、1ヵ月もない。



いつかは行きたいと思っていた東京本社。


でも、今じゃない。



今じゃないんだ。
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