桜ノ少女 完
桜ノ少女


 そこは、樹齢何年になるかも判らない桜の大木が、どっしりと構えるだけの小さな丘でありました。他には何も見当たりません。

 足元の草たちが風に揺れ、さわさわと音楽を奏でるのみなのです。近くの町では春一番が吹き荒れて、春が駆け足でやって来ておりました。冷たく張っていた空気は柔らかく解(ほぐ)されて、ひっそり甘い香りを孕んでいます。
 桜はそれを待ち望んでいたように、固く閉じていた蕾を綻ばせ、玉座に君臨する王の如く堂々と咲き誇っているのでした。

 そして、少し手を伸ばせば幹に触れられそうなほど近い場所に、一人の少女がおりました。彼女はじっと強い眼で桜を見上げています。年の頃合いは十五、六といったところでしょうか。

 僅かにあどけなさを残しつつ、しかし大人への道を歩んでいることを感じさせる妙な色香を持つ娘です。桜は彼女を歓迎するように、花弁をはらりと舞い散らせ、彼女を桜の雨で包むのでした。しかし、少女はそれに対し微笑むことはありません。ただ強い視線を桜に向けて、ぷっくりと愛らしい唇を一文字に結んでいます。


「……赤い」

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