桜ノ少女 完
桜の木の下には、死体が埋められている。有名な迷信、昔から言い伝えられた噂。おそらく先祖たちは、あまりにも美しいその様に慄いて、そう口走ったのでしょう。そうでもなければこれほど美しく花が咲くはずがない。美しい花には必ずその理由が隠されているはずだと疑った結果だろうと思われます。
風はまだ、荒れています。それでも少女は微動だにしません。彼女は静かにしゃがみ込みます。
「今日は、寒いのかしら。それとも、温かいのかしら。わたしには、何も、何も判らないわ」
花弁を拾おうと、可憐な手を伸ばしました。しかし一向に、指が花弁を摘むことはありません。すかっ、すかっとそれはすり抜けてしまいます。そこでようやく、彼女の表情は悲しげに歪むのでした。
触れられないのも無理はありません。何故なら彼女には、触れるための身体がないのです。彼女の身体はどれほどか判らないほど昔、この桜の根元に埋められたのでした。少女の身体は朽ち果てて、白い骨ばかりが土の下に眠っているに違いありません。彼女はそれからというもの、桜が開花すると目を覚まし、最後の一輪が散ったときに再び眠る存在となりました。
そんな少女の姿は、生きる人々の誰の目にも映らなくなってしまいました。彼女の声も、誰にも届くことはありません。触れようとしても、やはり先程の花弁のようにすり抜けてしまうのです。この丘から離れようとしても、どうしても動くことが出来ない少女は、この世でたった独りになってしまいました。孤独は寂しい。少女は目を覚ます度、生きているときには遂に理解し得なかったその事実を、ゆっくり大切に噛み締めるのでした。
故に、彼女から見る花は、赤いのです。彼女の身体、あったはずの彼女の未来、幸福、それら全てを吸収し、そして咲き誇る桜。それは、今にもたらりと真っ赤な血が垂れてきそうに禍々しい花にしか見えないのでありました。
立ち上がると、少女は静かに瞼を下ろします。耳に届くは、桜の警告と草の鳴る音。それらが生み出すハーモニーを聞きながら、少女はもう一度だけ繰り返すのでした。
「桜の下には、死体が埋められている」
この丘に彼女が埋められていることが人々に知れるのは、はてさて、一体どれほどの年月が経ってからなのでしょう。