彼方の蒼
「いくら練習とはいえ、卒業生でもないのに混ざる?」
女子の声だ。角を曲がった先にいるみたいだ。
「みんな、すぐコロッとやられちゃって。なんだかなあ」
誰だろう。他のクラスのヤツ、か?
「白けちゃったの、私ひとりみたいだし」
気にしすぎだよ、とそのそばでもうひとつ声がし、軽く受け流すよう勧めると、話の主導者がまたもや不満げな声をもらした。
「こっちは毎回、真剣に弾いているのに。家でも練習してるんだよ。当たり前だけど。受験勉強だってあるのに。遊びで参加とか、マジ勘弁」
弾いている? ……まさか、ピアノ?
ねえもう帰ろう、と女子のどっちかが言い出してこっちに来る気配があった。
まずい見つかる、と僕が思ったときには遅かった。
廊下の真ん中でばったり鉢合わせしていた。
まさかと思ったのに、そのまさかだった。
角から飛び出してきたのは同じクラスの内山星子だった。
角の先に人がいるのに気づいていなかったみたいだ。そりゃそうだろう、気づいていたら人目を気にしてあんなこと喋るもんか。
しかもいたのが僕だ。先ほどのカンちゃんの弁を借りるなら、内山も僕の片想いを承知しているはず。驚くと同時に気まずかったことだろう。
内山はうんともすんとも言わず、僕を見据えて口を真一文字に結んでいた。
内山と一緒にいたのはマッキイで、こっちは露骨にわあっと声に出してきた。素直なことだ。
行こ、と内山がマッキイを促す形で、ふたりは階段を上っていった。
マッキイは姿が見えなくなるまで、ちらちらとこっちを窺っていた。