彼方の蒼
◇ ◇ ◇
「内山ってああいうこと言うヤツだったんだ?」
つるんだ女子が加速度をつけて人の悪口を言っているのを見たことがある。
話題なんてツールにすぎず、ただ気持ちを分かち合いたくて、共感したくてやってみせているものだってことくらい、僕にもわかっている。
でも、と思う。今日目撃したのはそれとは少し違っていた。
「あのくらいフツーだろ。言わせとけよ。みんながみんな、同じだったらかえってキモい」
「そうかなあ」
内山の一件があった数時間後。
学校から真っ直ぐ僕の家に来て、カンちゃんと互いの問題集を交換して勉強して、そろそろやめようかと思ったところだ。
カンちゃんも集中が途切れたようで、鞄から携帯を出していじりはじめている。
「おまえは倉井信者だから。倉井先生が悪く言われりゃなんだってカチンとくるだろ。だけどよ、その倉井の部分をたとえば……そうだな、音楽のおばあちゃん先生の近藤にしてみろよ。どうだ?」
近藤先生は、仕草がおばあちゃんっぽいから『音楽のおばあちゃん先生の近藤』と呼ばれている。
優先席付近で席を譲りたくなるような、階段で手を引いてあげたくなるような雰囲気の、実年齢は50代後半の女性だ。
その近藤先生が女子生徒に手を引っ張られて一緒に合唱し、きれいな歌声だとちやほやされ、頬を朱に染め逃げるように立ち去る——そんな場面を想像してみた。
「う、うーん?」
「うーんじゃなくて、どうなんだよそれ」
「あの年齢ですごいというか、はあそうですかと白けるというか」
イメージでは『音楽のおばあちゃん先生の近藤』が持っているなけなしの少女性が浮き彫りになっただけだった。
ややもすれば、無理やり当てはめた合成映像のようでもある。ひとつ間違えばコントだ。
僕はたぶん、倉井先生のときほどには感動しないし、もし惹きつけれて浮かれているヤツがいたら冷ややかな目を向けそうだ。
思ったままを端から伝えると、カンちゃんはお茶を飲みほして大きく伸びをし、ついでにあくびをひとつした。
「そういうことを内山は言ってたんじゃねえか?」
「そういうこと言うヤツだったのか。内山って」
僕はもう一度言った。
しみじみとしたニュアンスはカンちゃんには伝わらなかったみたいだ。
「だからー」