彼方の蒼
◇ ◇ ◇
「おーい、内山」
目があったと思ったから声をかけたのに、内山のヤツは慌てたように非常扉を押し開けて階段を降りていこうとした。
「内山ってば」
午前の授業が終わったばかりの昼休みだ。これから昼食を取るつもりなんだろう。
内山の手には小ぶりのトートバックが握られている。反対の手にも大きなノートのような本のようなものを抱えている。
僕は呼ぶだけ呼んで突っ立っていたわけではなく、ちゃんと内山を追っていた。
だから内山が足を滑らせて階段から落ちそうになっても、危ういところで腕を捕まえて落下を食い止められたのだけど、助けられたはずの内山がそうは思っていないことは火を見るよりも明らかだった。
「そうびくつかなくてもいいよ」
「だって、殴り合いするような人だし」
「そういうけどさ、昔、誰だったか忘れたけど廊下で似たような喧嘩やってたし」
「昔って……小学生の頃でしょ」
言われてみればそうだ。
内山は落とした本を緩慢な動作で拾っている。
違った。本ではなくて楽譜だ。合唱用のものみたいだ。
慌てていたんじゃなくて、昼休みに練習しようとして急いでいたのかもしれない。
ついてくるなとは言われなかったから、僕は内山に続いて非常階段を降りた。
「内山って進路どーなの?」
「一応、高遠だよ」
「音楽の強いとこ、行かないの?」
「それどこにあるの」
「僕が知るわけないよね」
なんとなく笑いあう。
僕がいつまでもついてくるものだから内山も観念したようで、並んで歩くことを許可してくれた雰囲気があった。