彼方の蒼
◇ ◇ ◇
放課後学習会をしはじめた僕ら3人にならって、教室にはいくつもの小グループができ、居残りをはじめた。
人が勉強しているのをみると、なんとなく焦ってくる気持ちは僕にもわかる。
こうして目に見えるところで、みんなと同じ時間だけやっておけば、少なくとも置きざりにはされない。――そんな気がするけど、それは錯覚。
僕にいたっては、宿題とか明日出席番号であたるとか、そんなときしか自宅学習なんかしたことなかったのに、毎日日付が変わるまで机に向かうようになった。
続けたいから、ノルマは作らない。
夜更かしは翌日が辛くなるからしなかったし、わからないことがでてきたら、カンちゃんと堀芝サンという強い味方がいる。
いつまでも『わからないところさえわからない状態』じゃ、時間を割いてくれているふたりに悪いからな。
それから堀芝サンおすすめの集中力持続法もやってみた。
僕の場合は、絵を書くことだった。
気持ちが乗ってきたときに中断できない油絵は、却下。
スケッチブックと4Bの鉛筆を部屋の勉強机の脇に置き、1日に1枚、記憶を頼りにクラスメイトの写生をした。
「名づけて背理法でーす」
なんて堀芝サンが言い、なるほど理に背くやりかたなんだなと、僕は字のまんまとらえたんだけど(堀芝サンもそのつもりだったはずだ)。
あとあと本当に『背理法』(別名帰謬法)なる証明方法があることを知り、混乱することになるとは露ほどにも思わなかった。
まあいいや。
「嫌なことをするためにやりたいことを我慢するんじゃなくて、嫌なことをするからやりたいこともやっちゃうんだ」
「馬の鼻先にニンジンぶら下げて走らせるようなもんだな」
「どうしてそういう義務っぽい解釈しちゃうのかなあ、小柳くんは」
小柳くん? ……………………おお、カンちゃんか。
「僕、生のニンジン苦手」
「それなら、トマトでもレタスでもなんでもいいじゃない」
「それ以前にハル、おまえ馬じゃないってツッこんどけよ」
「僕、馬じゃないよ」
「遅せーよ」
僕プラスカンちゃんプラス堀芝さんイコール歯止めが利かない。
先の見えない不安だらけの教室のなか、僕ら3人だけ平常の明るさを保っていた。
――保っているように、みえた。