彼方の蒼
   ◇   ◇   ◇ 

 母が仕事に出かけてから、カンちゃんと惣山美耶子専用カラオケルームで熱唱した。

「ハルって明らかに練習不足だよな」
 せいぜい八畳くらいの空間。
 イントロさえ流れていないのに、カンちゃんはマイクを使う。
「なんの話?」
 僕もエコーを効かせて聞いた。
 ウーロン茶をがぶがぶ飲んでから、カンちゃんは口を手でぬぐい、テーブルにいったん置いていたマイクを再びつかんだ。
 ……だからさあ、地声でいいのに。
「カラオケ以外になにがあるんだ。これだけの設備があるんだから、最新曲を覚え、そしてそれをおれにレクチャーしろ」
「興味ないんだよ、そういうの。しかたないよ」
「そんなんじゃ、高校行ってからどうするんだ。合コンとかあったら」
「そのころには今の最新曲はきっとナツメロになってるから、平気だよ」
「……」

 カンちゃんの声は低い。
 最新曲は、基本的に高音。レクチャーうんぬんの次元じゃない。

 たった30分で、通信カラオケに『選曲してください』と催促される14、5歳の僕たち。勉強だけの日々で、体がなまったようだ。
 けど、弱小卓球部元副部長の僕はともかく、カンちゃんは元柔道部中量級だから、もしかしたら今でも家でトレーニングしているのかもしれない。
 聞いてみた。
「ああ」

 ――僕の描く絵みたいなものかな。
 やらないでいると、感覚が薄れていくような感じ。 
 遠ざかっていく速さって非情なもので、いつのまにか取り戻すのに必死にならざるを得ない。
 がんばったからって必ずしも追いつけるわけじゃない。
 ひょんなきっかけで思い出すこともある。
 まわりが見えなくなることもあるし、見失って、まわりさえ見えなくなることもある。
  
 ……やっぱり、柔道とは違うか。
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