彼方の蒼
◇ ◇ ◇
「ハル」
カンちゃんが立っていた。
どうやら僕は眠ってしまったらしかった。ぼんやりとした頭のまま、周囲に目をやった。倉井先生の姿はなかったし、室内もなんら変わりなかった。
「先生は?」
僕の声はかすれていた。寝起きのせいか暖房にやられたのか、よくわからなかったけれど、カンちゃんは気にする様子もなく、持っている音楽の教科書を僕に見せた。
「会っていないのか? もう次、四時間目なんだが」
「うん。……そういやお腹すいた気もする。もうそんな時間か」
「おまえの腹はどうでもいいんだ」
カンちゃんは別の意味を込めて言ったらしい。僕にもすぐに通じた。
――問題なのは、倉井先生の腹。
「わかってる」
喉が痛い。温風に顔を向けて、口を開けたまま寝たせいだ。
変な格好をしていたせいもあって、肩や首や背中まで、ぎしぎしと痛んだ。
「さっきの休み時間に、教室で説明してくれた」
誰が、とはあえて聞かなかった。
くわしく知りたがっていたくせに、僕の知らないことをカンちゃんやクラスのみんなが先に知ってしまったと思うと、自分の耳をふさぎたくなった。
カンちゃん。それを聞いて、僕をどう思った?
僕は怖くてなにも言えなかった。
カンちゃんは淡々と話した。
「妊娠三ヶ月だそうだ。相手については言えないらしい。倉井先生は産むつもりだ。できることなら、おれたちが卒業するまで、隠しておきたかったと言っていた」