彼方の蒼
「そんなこと……」
「できるはずないよな。隠し通すなんてさ。そもそも隣のクラスの北野に見つかったってのが、運のツキだ。あいつが言いふらしたんだ。倉井先生ツワリかも、なんて……」
「もういいよ」
もう、いい。必要なことはこれで全部だ。やっぱり子供ができたんだ。
僕が父親だって、隠しておくのか? 先生。
僕は目のまえが急に暗くなったように感じた。
胸のあたりがムカムカして、頭がぼうっとしてきた。つばを飲みこむたびに喉は熱を持ったように痛んだし、顔の肉はこわばったままよく動かなかった。
「だいじょうぶか?」
カンちゃんが近づいて、僕に手を差しのべた。
けれども、なにをしようとして手をのばしたのか、自分でもよくわからなかったみたいで、ぎこちなくその右手を引っ込めた。
「だいじょうぶ……だった?」
僕は言いかけた返事を質問に変えた。
「倉井先生はだいじょうぶだったのか? みんなのまえで話したんだろ? どうだった? みんな、先生にひどいこと言わなかったか? カンちゃん!」
カンちゃんの学生服の袖をつかんだ。
カンちゃんはびっくりしたように僕を見た。
僕は続けた。
「受験生クラスの担任なのにとか、なんか、嫌なこと言われてなかったか!? 僕のときがそうだっただろう? 女子とか、この時期に離婚するなんて親って勝手だとか、なんか……言ってたじゃないか! どうなんだよ! どうだったんだ!!」
教頭先生が言っていたのに、頼まれたのに、僕はなにやってるんだ。
僕が守らなきゃいけないのに。
「落ちつけよ」
「落ちついていられるかよ!」
「春都!!」
呼ばれて、ハッとなった。
いつのまにか、カンちゃんのほうが僕の袖口を捕らえていた。
元柔道部はだてじゃない、条件反射で引き手を取っちゃうのかと、僕は妙なところで感心した。平常心を取り戻しつつあった。
「僕は平気だ。僕の気持ちは変わってないよ。やっぱり先生のこと、好きだ」
カンちゃんが手を離した。床に落とした筆入れや音楽の教科書を、腰から体を折り曲げて拾った。
ゆっくりとした動作。まるでなにかを考えているみたいに。
「ハルがそこまで倉井先生を好きとは思わなかった」
「あ。それひどいよ」
「じゃなくって」
「できるはずないよな。隠し通すなんてさ。そもそも隣のクラスの北野に見つかったってのが、運のツキだ。あいつが言いふらしたんだ。倉井先生ツワリかも、なんて……」
「もういいよ」
もう、いい。必要なことはこれで全部だ。やっぱり子供ができたんだ。
僕が父親だって、隠しておくのか? 先生。
僕は目のまえが急に暗くなったように感じた。
胸のあたりがムカムカして、頭がぼうっとしてきた。つばを飲みこむたびに喉は熱を持ったように痛んだし、顔の肉はこわばったままよく動かなかった。
「だいじょうぶか?」
カンちゃんが近づいて、僕に手を差しのべた。
けれども、なにをしようとして手をのばしたのか、自分でもよくわからなかったみたいで、ぎこちなくその右手を引っ込めた。
「だいじょうぶ……だった?」
僕は言いかけた返事を質問に変えた。
「倉井先生はだいじょうぶだったのか? みんなのまえで話したんだろ? どうだった? みんな、先生にひどいこと言わなかったか? カンちゃん!」
カンちゃんの学生服の袖をつかんだ。
カンちゃんはびっくりしたように僕を見た。
僕は続けた。
「受験生クラスの担任なのにとか、なんか、嫌なこと言われてなかったか!? 僕のときがそうだっただろう? 女子とか、この時期に離婚するなんて親って勝手だとか、なんか……言ってたじゃないか! どうなんだよ! どうだったんだ!!」
教頭先生が言っていたのに、頼まれたのに、僕はなにやってるんだ。
僕が守らなきゃいけないのに。
「落ちつけよ」
「落ちついていられるかよ!」
「春都!!」
呼ばれて、ハッとなった。
いつのまにか、カンちゃんのほうが僕の袖口を捕らえていた。
元柔道部はだてじゃない、条件反射で引き手を取っちゃうのかと、僕は妙なところで感心した。平常心を取り戻しつつあった。
「僕は平気だ。僕の気持ちは変わってないよ。やっぱり先生のこと、好きだ」
カンちゃんが手を離した。床に落とした筆入れや音楽の教科書を、腰から体を折り曲げて拾った。
ゆっくりとした動作。まるでなにかを考えているみたいに。
「ハルがそこまで倉井先生を好きとは思わなかった」
「あ。それひどいよ」
「じゃなくって」