彼方の蒼
 カンちゃんはペンケースのなかから赤いボールペンを出した。
 棚に置いてある、左耳にひびが入ったヴィーナスのトルソーの首筋になにか書いている。
「ちょっと感動? 悪かったな、ムリヤリ言わせたようで。本当はハルのその告白を倉井先生に聞かせたかった」
「これでもしょっちゅう言ってる。相手にされてないだけ」
 僕もトルソーに近づいた。――2014.2.3 惣山春都ここに眠る?
「カンちゃん!」
「寝てただろ!? 真実じゃないか!!」
 シリアスなときはシリアスを貫こうよ!

 さすがのカンちゃんもこのイタズラは度がすぎると思ったのか、あるいは最初からそのつもりでいたのか、微妙なんだけど、ひとつ僕に知恵を授けてくれた。 
「倉井先生にとっての校内唯一の安息の地に、おまえがいちゃダメだろ? 先生はたぶん、この部屋の入り口まで来たぜ」
 なかに僕がひとりで待ちかまえていることに気づいて、逃げたっていうの?
 僕は避けられたってことか?

 僕の思いをよそに、カンちゃんは僕に携帯電話を出すように指示した。
 そういやカンちゃんは、倉井先生の携帯の番号を知っているんだった。
 僕んちの離婚騒動のとき、先生の携帯に何回か電話したらしいからな。
 ……僕は先生に『教えてくれ』って言っても、断られそうだ。
 その点、カンちゃんは人望もあるし、人脈もある。
 倉井先生は、カンちゃんなら、と考えたのかもしれない。

 あるいは、カンちゃん経由で僕に電話番号を伝えようとした……?
 いやいや、そういうご都合主義的発想はよくないよな。でも、そうだといい。

 なにはともあれ持つべきものは友! 友情万歳!!
 ところが、カンちゃんは僕の携帯で学校に電話をかけた。
   
「もしもし、わたくし、3年1組の惣山春都の父なんですが……」
 カンちゃんといい、母さんといい、どうして僕の父を名乗りたがるんだろ。
「はい、いつもお世話になっています。担任の倉井先生をお願いしたいんですが。ええ、緊急の用事なんです!」
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