彼方の蒼
 カンちゃんが差し出した僕の携帯を、厳粛な思いで受け取る。


 学校の事務員は、授業中にもかかわらず、倉井先生に外線が入っている旨の放送をしてくれた。つまり、教務室にはいないってことだ。
 倉井先生は美術教師。授業はたいてい美術室。隣の部屋にいないのなら、校内のどこか別の場所にいる。
 外線電話に出るために、どこか、空き教室に移動するはずだ。
 ときには携帯よりも便利な有線電話。どうか先生と僕をつないで。

「じゃあおれ、音楽の授業に行ってくるわ」
 細く開けた戸のあいだからするりと廊下に出たカンちゃん。
 僕は応答のない携帯を耳にあてたまま、全神経を聴覚に集中させていた。軽く手を振り、カンちゃんと別れ、足早に歩きはじめる。
 携帯からは依然として保留の音楽が続いている。
 教室を端から順に探っていこうと、僕は走りだした。
< 56 / 148 >

この作品をシェア

pagetop