彼方の蒼
「怒っています。もう、いろいろありすぎて、どうしようってくらいに」
 それにしては、迫力に欠けるね。
 なんだかんだ言いつつ、僕がのそのそと上半身を起こすのを手伝ってくれた。


 あのあとどうなったのか、自分自身のことよりも、カンちゃんや倉井先生のことを、僕は詳しく知りたかった。
 僕がうながすまでもなく、堀芝サンは話してくれるだろう。

 堀芝サンはコートを脱いで膝のうえに置き、入り口のほうに顔を向けて、なにやら思案顔だった。
「そーやまくんの綺麗なお母さんがすぐ帰ってくるから」
「不適切な形容動詞がいっこ聞こえた気がする。空耳?」


   ◇   ◇   ◇ 

「倉井先生は、ものすごくがんばったよ」
 意味ありげな出だしだ。堀芝サンなりに、言葉や順序を選んでいるんだろう。

 不吉な予感が僕の胸をよぎって止まないのだけれど。


「そーやまくんと小柳くんが仲いいってこと、みんなよく知ってるから。そのふたりがあんな……けんかするなんて……暴力はいけなかったけど……なにかよほどの事情があったはずだ、って。先生たちに囲まれて、ほとんど尋問みたいな目に遭っても、小柳くんはけんかの原因を言わなかったらしくて、それで……」

 堀芝サンはうつむいた。髪で顔が隠れて見えない。
「『小柳くんがそこまでして守ろうとしているものを、表に出す必要はないんじゃないか』って、倉井先生は言った。暴くんじゃなくて、その守ろうとした気持ちを汲んであげたいって」

 堀芝サンのコートのベージュの色を、僕はなんとはなしに眺めていた。
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