彼方の蒼
 簡単な往診が終わると、ひっつめ髪のベテランっぽいナースが僕に尋ねた。
「さっきの子、彼女?」

 違いますと答えたけれど、信じていないようだった。
 堀芝サンが帰ったあとでよかったと思った。
 もしまだ残っていたら、ナースセンターへの連絡が遅れたことを注意されたんじゃないだろうか。


   ◇   ◇   ◇ 
  
 堀芝サンは意識不明の重体と言っていたけど、それは半分は嘘だった。
 僕は一日半くらい寝入っていたとのことだった。
 意識がないのか寝ているだけなのか、脳波を調べればすぐにわかるし、いびきもかかなかった。

 頭のなかのほうは、だいじょうぶらしい。
 外傷は、全治2週間。ただし、あさってには退院できる。

「明日じゃダメなんですか? 顔の傷だけなんでしょう?」
 僕が言うと、医者はやけに早く笑顔を披露した。

「一応、検査入院してもらうよ。あと一日くらいは様子をみておきたい。後遺症の心配があるしね」
 この笑顔で大勢の患者さんを励ましてきたのかもしれなかった。

 でも僕はちっとも力を得なかった。
 あるフレーズを聞くと自動的に表に出てくる雛形みたいに感じた。
 言っていることと考えていることの不一致が、瞬時に見て取れた。
 なんだか実際の年齢よりも年下に見られている気がして、おもしろくなかった。

 この医者といい、保健医の石黒といい、僕のまわりの白衣の男は印象が悪い。
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