彼方の蒼

   ◇   ◇   ◇ 

 傷は痛んだけれど、食欲はあった。
 昨日の昼からなにも食べていないんだから、当たりまえともいえた。
 出てきたものをたいらげた。

 僕が食事を終えるのを見届けて、母さんはそのまま仕事場へ向かった。 


   ◇   ◇   ◇ 

 その夜は長かった。
 早すぎる消灯時間。ひとりきりの病室。そして静寂。

 闇のなかにいると次第にその暗さに目が慣れていくものだ。
 それはどんな物事にもあてはまるんだと思っていた。

 兄弟がいなくて、両親もばらばらだった僕は、自覚はなくとも孤独のはずだった。
 なのに、今まですごしてきたどの時間より、今が最も孤独だと断言できた。
 たとえ家に両親が共にいて、それぞれ僕を思っていたとしても、それはここにいる僕にはなんの救いにもならない。

 そばにいて。
 話を聞かせて。
 僕に触れていて。

 僕は欲張りなんだろうか。
 寂しがりなんだろうか。


   ◇   ◇   ◇ 

 ベッドに備えつけのテーブルのうえに無造作に置かれた携帯電話。
 病院内だけどこっそり開こうかと、僕はなんども思った。内緒なら、ばれないならいいかと思った。

 だけど、だんだん近づく救急車のサイレンを耳にすると、どうしても電源を入れることができなかった。

 僕は別に命が危険に晒されてもいないし、一刻の猶予も許されていないわけじゃない。
 今すぐじゃなくたっていい。
 あとでいくらでも電話なりメールなりできるだろ?

 ――いつもならそれで収まる気持ちも、今日だけはがまんができなくて、僕はいつまでもいつまでも自問自答を繰りかえしていた。
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