彼方の蒼

   ◇   ◇   ◇ 

 僕がいつそんなことを頼んだ!? 
 殺してくれなんて言ってないだろ。
 よくそんなことが言えるな! 
 僕を引き合いに出すなよ。
 カンちゃんひとりでなんだってできるだろ!?

 ――僕はカンちゃんに挑みながら、そう口走っていたらしい。
 廊下側の席だからまる聞こえだった、と前置きをして、堀芝サンが教えてくれた。


 カンちゃんには言っていなかったけど、僕は倉井先生の子供のことは、当然生まれてくるべきものとして、完全に受け入れている。
 倉井先生自身は、その子を大切にするに決まってる。

 倉井先生にとって、幸せなことなんだ。それを奪ってはいけない。
 よりによって、僕の親友のカンちゃんがそれをやっちゃいけない。      


   ◇   ◇   ◇ 

 時刻は午後11時。普段の僕なら、受験勉強しているころだ。
 時間が惜しいはずなのに、こんな形で無駄にすごすとは思わなかった。それとも、無駄でもないんだろうか。

 ふいに思いたった。ダメでもともと。その必要はないのに、できるだけ音を立てないようにしてベッドから降りた。
 スリッパがひんやりと冷たい。

 壁にかけてある僕の学生服のポケットをあちこち探った。
 右、左、右、左、内ポケット。
 横断歩道を渡るときだって、僕はこんなに注意深くない。

 やっぱりなかったか、と思いかけたとき、ズボンをまだ確かめていないことに気づいた。
 僕はハンガーから外す手間さえ惜しんで、外側から探った。
 丸くて平べったい感触。

 あった!
 出してみた。当たりだ。10円玉。

「いつのまに」
 思わず声が出た。
 気持ちをこらえきれなくて、くすくす笑った。
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