彼方の蒼
   ◇   ◇   ◇ 

 退院までは、早かった。ただ、退屈で死ぬかと思った。
 6人部屋に移るか? という話もあった。

 けど『どうぞよろしく』の挨拶の翌日に『お世話になりました』を言うのもしらけるし、ひとりのほうが気楽だから、そのままここに留まった。
 風邪だかインフルエンザだかが院内大流行中だったせいもある。

 病院側としては、退院の日が決まっている僕まで風邪をひいてもらっちゃ困る、ってことなんだろう。


 担ぎ込まれた僕が寝入っているあいだに、倉井先生がお見舞いに来てくれたらしい。
「どうして起こしてくれなかったんだよ!」

 母さんに言ったら、叩かれそうになった。
 わ、それだけはやめて!!

「あんた、誰が呼んでも寝てたじゃないの。寝すぎよ、まったく」

 母さんは仕事のあといったん家に帰り、シャワーを浴びて仮眠を取って、僕の病室へ来ていた。
 たぶん、二、三時間しか寝ていない。退院の日まで、そのサイクルでいくらしい。

 母さん自身が僕に明言したんじゃない。ナースの口から聞かされたことだ。
 僕のそばにいたいんだって気持ちが、言外に伝わってきた。

「今回だけは、夜の仕事やっててよかったと思ったわ。変な話だけど、普段よりあんたの顔を見ている時間が多いのよね。といっても春都、変わり果てた姿だけど」

 りんごを食べながら、母さんは言った。
 自分がしっかり食べてから、あんたも食べる? なんて、楊枝に刺した4分の1個をすすめるあたりは、さすがだ。

 できればもう半分にしてほしかったけど、これ以上手のかかる息子になったら勘当させられるかもしれない。言いだせなかった。

 食べようとして、顔をしかめた。
「やっぱダメだ。半分に切って」
 包帯は減ったけど、あいかわらず傷が痛んだ。

「もう。どこまでも面倒な息子だわ」
 そう言いつつも、母さんが幸せそうに見えたのは僕の気のせいだろうか。


 クラスメイトで病院まで来てくれたのは、結局堀芝サンだけだった。
 来るなり花の水を替えてくれている。地味にありがたい。

「意識が戻ったってことはみんな知ってるから、そのうち誰か来るよ」
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