彼方の蒼
「なんでカンちゃんが赤くなるの?」

 からかい半分に言ったら、カンちゃんにバカと言われた。

「ハルこそ、なんでそんなフツーなんだよ。涼しい顔してんだよ」

「普通じゃないよ。これでも決死の覚悟だよ。先生とは誰にも言わないって約束をしたし」

 ……って、これじゃ僕、約束破ってる?

 いやいや、あれは約束のうちに入らない。
『誰にも言うつもりはない』って言ったんだ、僕は。
 言わないとは言ってない。

 ……自己弁護もはなはだしいな。


 カンちゃんは腕組みをして、僕を上から下まで眺めて、もう一回僕の顔を見た。

「そうだよな、お前ってさ、一見優しそうだけど、なんでもない素振りで女を振るんだよな」

「事実無根だよ。賭けたっていいよ」

「これからの話だよ」

「カンちゃんに占いのたしなみがあったとは知らなかった」

「おー。おれは謎多き男だぜ」

 これでこの件は終わったかと思ったら、カンちゃんはずいっと近づいて、
「で、どんな感じだった?」
 結局は、それかい!?


 そのあと、3時になるのを待って、持ってきたチーズケーキを食べた。
 おばさんから日本茶と、なぜか自家製たくあんの差し入れ。

「黄色つながりかな?」

 僕が言うと、おばさんは笑った。

「絵描きのたまごさんは言うことが違うねぇ」

 いえ、そんな面白いこと言ってないです。


 おばさんが階段を降りてから、カンちゃんにバカ野郎と言われた。
 バカでバカ野郎で……次はなに?

「案外気が利かないヤツだな。お前に味を褒めてほしかったんだよ」

 これでもご近所では『春都くんは愛想がいいわねえ。うちの子に見習わせたいものだわー』と評判なので、このまま打ち捨てるわけにはいかない。

 たくあんひときれくわえ、部屋の戸を開け、食べながらでかい声で言った。

「あ。これ、すっげーうまい!」
「ヤラセくせーな」

 カンちゃん笑うし、下のおばさんも笑うし。
 そしたら僕も笑うしかないよな。
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