彼方の蒼
「行くよ。いっぱい稼いで、入院費を払わなくちゃね」

 僕はたぶん、母さんのそのひとことで傷ついた顔をしたんだろう。


 実際、顔がどうだったかなんて包帯でよくわからないはずだけど、かすかな動揺は伝わったみたいだ。

 母はできの悪い猫をなでるように、僕の髪をくしゃくしゃにした。

「ごめん」

 謝ったのは僕だ。
 考えてみたら僕は、母さんに忙しいなか病院に詰めてもらったお礼さえも言っていなかった。

 僕は持っていた箸を置いて、繰り返し言った。

「ほんとにごめん」
「や……やめてよ、そういうのは」

 母さんがうろたえているのが、後ろを向かなくてもわかった。


 母さんは、病院での僕以上に淋しがり屋になったようだ。
 帰宅直後のメールチェック。母さんの送信は、6時間で8件あった。

 他愛ないメッセージばかり。

 そんなこと言ったら泣かれそうだ。

 ……やりにくいな。

 僕は箸を持ち直し、食事を再開した。


   ◇   ◇   ◇ 

 翌日の金曜日は、家でぼうっとすごした。
 受験生? 誰のことデスカー? 

 テレビ観て、メール打って、ごはん食って、昼寝して、またメールして、お茶飲んで、テレビ観て、風呂に入って、それからそれから……。

 こんな調子で傷が治るとは思えないんだけど、クラスのみんなに怪我の程度をいちいち話すのは、確かに面倒だ。
 喋ったからって治るものでもないし、カンちゃんだっていい気はしないだろうし。


 昼間、何回かメールを送った相手は、カンちゃんだ。
 学校の様子を教えて、と打ったら、『欠席者1名·惣山』とレスが来た。

 みんな元気という解釈でオーケイ?
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