彼方の蒼
 入院中は、カンちゃんを第一優先にした。
 でも今は……ごめん、カンちゃん。僕は友情より愛情を選ぶ人間になってしまったよ。


 週があけるまで待てなくて、土曜日に学校に電話してしまった。
『惣山春都の父ですが作戦』はあえて実行しなかった。

 倉井先生は授業のない日も働いていた。
 
「ごめん先生。月曜日から学校に行きます」

 久しぶりに先生の声を聞けて、僕の気持ちはかなり上々だった。


 けど、口をついて出るのは用件のみだ。

 せっかく先生が僕に会いにきてくれたのに、包帯ぐるぐるで寝ていたなんて、かっこ悪すぎた。

 名誉挽回のチャンスがあればいい。それなら僕はがんばってみせる。

 そんな思いが通じたのか、倉井先生は少し間を置いてから、こう言った。

「今日の都合は?」

「え?」

「10人くらい来ています。自由意志にしては、けっこうな人数だと思いますよ」

「行きます」

 即答した。目的の確認はしなくてもよさそうだ。

 卒業間近にクラスが団結したって、堀芝サンが言っていた。
 つまりはそういうことですね?

 誤解をされてはかなわないとばかりに、先生のほうから補足説明してきた。 

「教室で勉強会をしているんです。みなさんと過ごせるのも、あとわずかだから」

「意味深な発言はしないで。最後の最後まで、僕は力を尽くす」


 どんなに気持ちが高ぶったって、今の僕にできることは限られている。

 まずは怪我を治すこと。
 勉強して志望校に合格すること。
 
「とにかく行きます」
 電話を切ろうとして、思い直した。

「がんばろう、先生」
 教師を見守る生徒、ここにひとり。

 
 コートのボタンもはめず、自転車飛ばしてみたものの、教室の入り口でその勢いは止まってしまった。

 倉井先生だけならいざ知らず、クラスのみんなにどう接したらいいんだろう。
 おとといの内山みたいに、びびらせちゃいけない。


 それに、来ているメンバーのなかにカンちゃんがいるかどうかもわからない。

 たぶんいないだろうとは思う。
 美術教師に受験必修科目の教えを乞うタイプじゃないから。
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