彼方の蒼
 僕はとりあえず、人畜無害を態度で示した。
 スマイルスマイル。

「おはよーございまーす」

 午前10時半――あと30分遅かったら言うのをためらうようなあいさつをしつつ、入室。

 教室には倉井先生を含めて、確かに10人いた。
 ――いるにはいたけれど。

「あっ」
「……おはよ」

 ぽつりぽつりと帰ってくる声は、とても10人のものではなかった。
 それに半分は隣のクラスのヤツだし、男子は学級委員の井上だけだ。

 どういう趣旨で集まったんだろう。不思議でならない。


 倉井先生がするりと近寄ってきた。
 僕のほうから話しかける。

「先生、痩せた? だめだよ、ちゃんと食べないと」

「食べていますよ。痩せてもいません。それより、これを書いて月曜日に提出してください」

 それで用事がたりたようで、倉井先生はさっさと元いた席に戻ってしまった。


 僕が受け取ったのは、普通の400字詰め原稿用紙一枚。
「これになに書けばいいのさ」

「反省文だ」

 僕の問いかけに答えたのは、廊下側に陣取っている井上、もとい委員長だった。


   ◇   ◇   ◇ 

 他のみんなも、それぞれ机を近づけてはいるけど、教卓の方向を向いている。
 助け合いというよりは、ここがすでに戦場で敵同士みたいだ。

 受験のときはライバルかもしれない。
 でも今はクラスメイトだろ?
 僕はまだそういうの、考えたくなかった。


 ぴりぴりとした緊張が、ゆるやかに伝わってくる。

 倉井先生が目当てののんきな僕はこの場にそぐわないというんだろう。
 言外に『出ていけ』と訴えられている。
 瞬きをするようなリズムで、誰かの目線がときどき僕に向く。
 
「言いたいことがあるなら、言えばいいだろ」

 わざと感情をこめずに言って、みんなの反応は無視した。
 誰もなにも言わなかった。

 僕は委員長の隣の席に着いた。
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