彼方の蒼
「ソウヤマの席、教卓のまえにしておいたよ」
 委員長がはきはきとした口調で言った。 

「席替えをしたんだ。やりかたはくじ引きだ。ソウヤマのくじは、はじめからよけておいた。だって、これがおそらく中学校生活最後の席替えとなるだろうからね」  

「……恩に着るよ」 

 短く返事をし、数学の問題集を出す僕を、委員長はじっと見ているらしかった。

 気づいていたけど、僕は敢えて無視した。

  
   ◇   ◇   ◇ 

 僕は委員長のことを通りいっぺんしか知らない。
 ものすごく頭がいいらしいとか、運動部の部長だったとか、その程度。

 あとは、あれだ――委員長は立候補で今の役職を得た。

 勉強できるし、本人がやりたがっているんだから、という理由で、反対者はいなかった。

 委員長はいつもいつも、そうやって委員長であり続けた……らしい。


 僕は中学1年の終わりのクラス替えで、初めて委員長と同じ組になった。

 小学校は別だったし、それに僕自身、誰が優秀だろうとちっとも気にしない性分だから、委員長のことを特別視していなかった。

 みんなが『井上健一郎』を『委員長』と呼ぶ。
 僕も真似をしてそう呼ぶ。

 固定イメージはそうやって守られていくんだろう。


 無関心な僕でもわかることといえば、委員長のルックスの良さだ。
 流行とは無縁の、万人受けする、均整の取れた顔。

 僕はクラスメイトの顔のスケッチを家で秘密裡に(?)行っている。
 描くからわかる。
 委員長の輪郭線はムダな遊びがない。
 たるみがない。

 するすると動く鉛筆を自制し、修正する――その作業が、委員長の場合、いらなかった。

 気持ちいいくらいの曲線が、委員長自身にいちばん近かった。

 人の顔は、左右対称じゃない。自分の写真を見たときの違和感くらい、かすかなものであったとしても、違いは違いだ。

 もちろん委員長だってそうなんだけど、あまりそういうことを意識させないところがある。

 鏡に映った自分も、写真のなかの自分も、どっちもイケテルなんてずるいや。

 そう思ったって、わざわざ言葉にする僕じゃない。

 男を褒めてもつまらないよ。

 当人の隣で数学の問題解きながら、僕はそんな思いをめぐらせていた。

 ――いや、違う。
 数学の問題を解いているフリをしながら、が正解。
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