彼方の蒼
 倉井先生の周りには8人の女子がいて、なんだか近寄りにくかった。

 女子たちの、僕に対する注意はだいぶ薄らいでいるようにも思えたものの、だからといってそのへんの机を寄せて和気あいあいと、ってなわけにはいかなかった。

 輪のなかには、内山がいたからだ。

 倉井先生に会いたい一心で、土曜日の学校に来たっていうのに。
 こんなのはノーカウント。
 ただ顔が見られただけ。

 内山め、僕の出所気分を打ち消すだけではことたりないのかよ!?

 ――なんて、これはやつあたりだ。
 かなり本音だけど。

 
 内山が渡す予定のバレンタインチョコの行方には、僕は興味はない。

 けど、僕に目撃されたことで、内山が買うのをやめたとしたら、もらうはずだった相手は気の毒かもしれない。

 いやでも、その程度の気持ちなら義理チョコってことだろうし、僕が責任感じなくてもいいのか。

 義理チョコ制度そのものは、反対しない。
 義理だったら、僕もそこそこもらえるから。


「ソウヤマ」
 委員長が話しかけてきた。

「なに?」

 ぼんやり考えごとをしていた僕は、集中力を欠いていた後ろめたさもあって、ぎくっと反応してしまった。

 委員長は開きっぱなしの、というより開いてあるだけの僕の問題集にシャープペンシルの先をのばしてきた。

「問3がわからないの?」
 今にも解説がはじまりそうな勢いだ。

 委員長、問題集に載っているものなんて、問題のうちに入らないんだよ。
 答えが付録になってるんだから。

「問3だけですむなら、倉井先生はいらない」

 惣山春都の最優先事項は高校合格だけど、その原動力は倉井葉子その人だ。


 僕の発言はみんなの耳に届いたようで、またもや教室に緊張が走った。

 ためらうことはない。後ろめたいとも思わない。

 僕は倉井先生のためなら、格闘技をやっているカンちゃんだって、ときには敵に回す。


「先生、ちょっといい?」

 説明も取り繕うことも大差ない。
 だったら、なにも言わずに堂々といこう。

 僕は女子のあいだに割って入り、返事も待たずに先生を連れ出した。

 なんたって妊婦だから、乱暴な扱いはできない。
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