彼方の蒼
 待つ、と明言したことはなかった気がする。

 思えば、僕は急かしてばかりだった。
 気持ちを教えてくださいと、対等でない位置から求めていた。

 僕の告白は、子供ならではの一時の感情だと言い逃れができる。

 先生はというと、先生としての立場があって、教え子も僕以外に39人いる。
 全部を放棄する覚悟がなければ、身動きは取れない。

 僕は先生を困らせていた。
 僕を想っていてもいなくても、恋心は先生の職務を全うするにはやっかいな代物だろう。

 ましてや倉井先生は、ばれなきゃいいなんて臨機応変にできる人じゃない。

 そんな人だったら、僕だって好きになっていなかった……いや、やっぱり惚れてるだろうな。


 だけどそれは、先生と生徒だから、の話。

 卒業したら、それぞれに『元』の文字を一個つければすむ話。

 悪いけど、僕はそう思うよ。 


 それにどんな関係であれ、倉井先生から好きだなんて言われたら、僕は舞いあがってしまってなんにも手につかなくなる。

 犬や猫みたいに先生のそばに一日じゅういたって飽きないだろうな。

 これは断言できるし、断言しておいたほうがいいよな。

「先生、僕は……」

 ところがこういうときの倉井先生は迅速で、
「待ってくれるんでしょう? それとも嘘なんですか?」
 僕の顔色を読んで、口封じしてしまった。

 なんか悔しい。
 僕が先生を想うほど、先生は僕を想っていない。

 それでも他と比べて、僕がほんのちょっとスペシャルな存在だというのなら、たいていの我慢はするよ。
 してみせるって。
 してやろうじゃないか。
 今がまさにそのときだ――って。

 うーん。今かな? 
 猶予がほしいな。

「嘘じゃない。けど僕だって抑制きかなくなるよ」

「え」
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