彼方の蒼
「大好きな人がこんなに近いんだから、無理」

 僕はキスした。
 すばやい動き。
 先生が睨んだ。
 全然怖くない。
 かわいい感じ。

 こういう顔してくれるんなら、もっと……回数というか、レベルというか、いろいろ検討したいところです。

 いえ、さすがにそれは言えなかったんだけどさ。


 言ったのは先生だ。
「やっぱり嘘つきじゃないですか」
 僕を払い除けた。

 途端に僕は、寒くて淋しくなった。
「自分に正直なだけだよ」

 狼少年に見られたらどうしよ。

 そのあとすぐにチャイムが鳴って、僕たちは教室へ戻った。


   ◇   ◇   ◇ 

 みんなは倉井先生がいなくても勉強していたみたいだ。

 僕とは大違い。
 入試結果はできれば違わないでほしいな。
 ……調子よすぎかな?

 12時をまわっていたので、自然とお開きになった。


「ソウヤマは一問も問題解けなかったみたいだけど、それでだいじょうぶなのか?」

 委員長は僕よりも僕の心配をしていた。

 適当に返事をして、それじゃあ月曜日に、と自転車のペダルをこごうとしたら、進行方向真正面に回り込まれてしまった。

 委員長は両腕を真横に開いて、完全に停止要求だ。

「……なに?」
 僕は聞いた。


 委員長は熱っぽく語った。

「捨て鉢になるな! がんばろう!! よかったら俺が数学を教えてやるよ。なあ、そうしよう。うん」  


 僕があ然としていることに委員長はちっとも気づかなかったようだ。
 全部決めてしまった。

 このあと、僕んちで勉強会2次会を実施するんだってさ。

 女子は抜き。倉井先生も抜き。

 委員長とマンツーマン。
 ……楽しくなさそ。

 率直にそう伝えたのに、委員長はめげなかった。

「なに言っているんだソウヤマ! 大勢いたって仕方ないだろう。遊びではなく、勉強なんだから。あ、俺んちこの裏だから、ちょっと待ってくれ。自転車取ってくる」

 委員長は異様に張り切っている。
 はた迷惑な熱さに、めったに出ないため息が出た。
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