印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1974年1月28日 午後1時、香港着いちまった。
 
寒い! ズタ袋からアフガンを出して着込む。
土産で持ってきたが、ここで着るとは思わなかった。

寒いのほんと嫌い。とっとと宿行くべ。ひええ

ヒッピー情報・・・これが最後のヒッピー情報か。 
「香港はバンクオブアメリカのビル12階の平安旅行社に行け」

NYもバンコクもビルやデパートは多いが、ここは
道路の狭さと鉛筆ビル。息がつまる。

金もねえし、寒いけど歩く。ヒッピー一人もいない。

商売人が多い。15分でどでかいビルに着いた。

銀行と入口は別。貧乏旅行者用は横のエレベーター。

12階。狭い受付ににいちゃんひとり座って、
脚組んで煙草吸いながら、顔も見ねえで、

「部屋は空いてるよ。一泊5H$」

俺等とおんなじ顔してるくせに・・・ったく
言葉態度は西欧かぶれ。英国の影響かよ。
こういうふてぶてしい横柄なアジア人は嫌い。


空港表示は1$が5H$だった。1泊1ドルか! 
タイよりぜんぜん高え。ぼったくり香港め。

「どうすんの? 泊るの?」 

うっせえ、このやろ。風邪気味だしめんどくせえし、
しょうがねえから泊ってやんだよ。

「金チェンジするよ。率はいいぞ」

いちいちうるせえよ。

アメリカドルは通用しねえし、しょうがねえとりあえず
3$両替。 野郎が出したのは15H$。

なんだ、空港と同じじゃねえか。なーにが率がいいだ。
ったく、ばかやろめ。


5人部屋。 あー、ひと休みするべ。

ベッドに大の字・・・喧しい話し声。
中国語ってまるで喧嘩だな。
歌うようなねえちゃんのタイ語が懐かしい。

・・・寝ちまった。目覚めて3時。寒い、風邪か。
 
そりゃそうだ、昨日まで30度、きょうは10度もねえ。 
やだね香港。寒いのダメ。なんか食おう。

同室に日本人が居た。

あれ? あいつバンコクに居たな。淋病で騒いでた奴だ。

おい、治ったのかよ。

「あ、どうも。来てたんですか。俺も3日前ここに
着いたんですよ。 いや参りましたよ、病院行って
若い看護婦に診てもらって、なんとか治ったけどさ。
細い棒突っ込まれて・・」

君の淋病治療に興味はない。バカ。

そうか大変だったな。ところでさ近くに銀行ある?

「銀行はここの1階ですよ。まだやってますよ」

あ、そうだった。残りのTC30$全部両替した。
手数料取った、せこい香港。
まあ、これで全部キャッシュになった。

チケットはあるし、もうなに盗まれても
日本へたどりつけるってことだ。ざまあみろ。

淋病君さ、どっか安い飯屋ない?3日先輩だろ。

町じゅうが中華街。当たりめえか。

油まみれで朱色の入口。騒がしい店内で淋病野郎と
2H$の香港ラーメンを食う。

箸は30センチもある。邪魔くせえ。
味はまあまあだが、支那竹の代わりに筍だ。

そのうえ食い終わったら、ばばあが無言ですぐに
どんぶり下げやがる。難民キャンプじゃねえぞ。
一服するヒマもねえわ。

「じゃクールン行きますか?」

クールン? 俺帰るわ。

曇り空の寒い香港。皆、せかせか歩いて
でかい声でわめいて。俺合わねえ、香港好きじゃねえ。


ホテル帰って、お袋の手紙にあった土産のリストを見る。
金は全部ホンコンドルにしたし、買えるだけ買ってくか。
もう最後だ、小さくて軽くてかさばらず・・気いつかう。

夜9時、また淋病野郎が女連れてきた。

そいつ誰?

「私、ザルツブルグから。よろしくね」

お、ドイツのねえちゃんか。

パツ金に青い目、彫りの深い面、ジーパンにジャンパー。
中産階級の似非ヒッピーって感じ。

でも、なんでお前と一緒なの?

「彼女、ドイツからいきなりインド行って、マレーから
バンコク来たとこで知り合ってこれから一緒に旅行ですよ」

お前手当たりしだいだな。立派だ。そりゃ淋病にもなる。

「鍋食いませんか?」

いいね寒いし行こうか。風邪気味なんで温ったまりてえ。

細いビルの中に、混んで喧しい飯屋。
3階で丸テーブルを3人で鍋囲む。

何が入ってんだかわかんねえ、ただのごった煮。
味より温まるだけ。 紹興酒飲んで少し温ったまった。

彼女はハンブルグのユースホステルを辞めて旅に出たって。
ブスじゃねえけど、バンコク女のあとじゃ見劣りする。

一人6H$で飯終わり。
11時に宿に帰って日記つけてアフガン着て薬飲んで寝た。


1月29日 昼まで寝たがまだチョイ風邪気味。くそ
淋病野郎はドイツ娘とマカオへ発った。
こうやって世界に淋病が広まるか・・・っけ

隣部屋の神大野郎と同室になった。奴はここでパスポート
盗まれて、大使館の連絡待ちで足止めくらってる。

「最悪ですよ。こっからタイ行ってインド行くのに、
もう3日も待ってますよ。 毎日大使館通って、ほんと
金は使うし、ついてないっすよ。まったく」
 
まあな、でも盗まれる自分も悪いって思わなきゃな。 
日本出てすぐじゃ、何にも警戒しねえし無理もねえな。

だけどインドは気をつけろよ。見るもの聞くもの触るもの、
すべて俺等の常識はまったく通じねえよ。こりゃほんとだ。

ひとを見たら泥棒と思え。厭だけどそのくらいでいなきゃ
中近東インドじゃやられるぞ。 

寝る時、シャワーも寝てる時もどんな時も、金とパスポート
は離さない。 片時もはずしちゃダメだ。

間違ってもホテルフロントに預けるとか、セフティボックス
に入れるとか、それが一番危ねえんだ。

ほら、これ見ろよ。NYで作った袋だ。 米袋で2重に
縫って蝋塗って、こいつを四六時中首からさげとくんだ。

でもこんな袋作ったって、ブッ飛ばされてやられたら終わり。
俺の友達もNYでイタ公にやられた。 
仲良くビール飲んでたら豹変して路地連れ込まれて、
コテンパンにやられた。

高そうなもん身につけたらやられるよ。乞食になれ。

「へえ、色んなとこ行ったんですね。俺も色々行けるのかな」 

怖気づいたら悪かった。でもさ、お前もなんか思って日本飛び
出したんだろ。 だったら何でも経験よ。

世界中のすごい奴等がヒッピーしてる。
日本じゃ会えねえような日本人と会える。

小田や五木の小説なんかメじゃねえぞ。
好奇心だけだ。想像を絶する興奮興奮だ。

ま、命あればだけどな。っひっひ さ、飯行こうぜ。
 

目抜き通りから路地に入ると、香辛料の匂いツンツン。
イギリス植民地で中国ピジョンだが英語は通じる。
でも、いまいち好きになれねえ。せかせかギスギス。
バンコクのあののんびりがいいな。 

2H$のラーメン食って免税店エンポリウムに行く。
親父へ酒の土産の下調べ。

5ドル以上か、高えな。



「やっぱり安いのはクールンですよ」

そうか。知らねえけど行ってみっか。


渡し船で20分、すぐ目の前の出島。 雰囲気は怪しげ。 
こっちのがアジア的だ。イスタンの東西みてえなもんだ。

船着き場に子供の乞食が立ってる。この寒い中、Tシャツ一丁。
7、8歳か。バクシーシはしねえが、嫌な目つきで俺を見るな。

ずらっと並んだ土産屋通り。象牙のパイプ20H$、パチモン。
ジョニ黒40H$、ナポレオン100H$。

老酒にすっか。 親父に1本、立川浜口組に1本買った。
しめて60H$。OK。

通りのはずれにレコード屋。 おお、もうヴァージンが出てる。
さすがイギリス領、早いな。

俺がロンドン出た去年の夏頃、ロンドンの学生が飲み屋のジューク
ボックスの擦り切れたシングル盤集めて、屋台で売り出した・
これが大当たりしてヴァージンを作ったって聞いたぞ。 


ここはLPは20H$、約千四百円。日本の半額か。

ビートルズの海賊版。勝手に選曲して1枚にしてる。 
時代が全然チグハグ。 トウシローだな。

適当に中国題つけて、なんでもありだ。お前らあほか。
丘上愚人に姉独人? けっ いいかげんにしろ。

もっと路地の奥入ると、もっと安いレコード屋があった。
ジャックブルースとジョンハイズマントリオっていう、
セッションレコード8H$。ホールアンカの寄せ集め8H$。 
ジョンのマインドゲーム8H$。ジミヘンのマン島ライブ8H$。
全部買った。しめて32H$、約二千円だ。

4枚で2千円、ほんとに聞けるのか。ジャケットはボール紙。
適当に写真貼ってサランラップでくるんであるだけ。
まあ安いが一番だけど、パチモン臭い。

あとは象牙のキーホルダーと小物買って。荷物が急に増えた。
カバン屋で布バッグ買って詰め込んだ。

お袋もこれで義理が立つだろ。親孝行だね俺も。

 
ビール飲んでラーメンくって寝た。まだ風邪気味。 
治んねえな、ちっきしょう。

寒いのはやーだ、でえきれえーだー。




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