印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」
1974年1月31日 
富士山が見えなくなって10分、羽田までひとっ飛びか。
なんか体がチーンとするぜ。

4時過ぎ。 ドーン! キーーンッ! 着いた。 
落ちなかった。 よっしゃ、よかったよかった。

「どちら様もありがとうございました。 
お気をつけて、またのご利用を・・」 

機内アナウンスなんてちゃんと聞いたの初めて。
こちらこそありがとさんだ。

バンコクの怪しげなチケットだけど、ちゃんと着いた。 
生きて日本帰ってきたぞ。エアサイアムよくやった。
 
不肖私若輩者、放蕩放浪約2年、お久しぶりです。 
なんとか生きて帰ってきましたよー
羽田の空、日本の匂い。排気ガスの匂いも懐かしい。 


ミニバス降りてパスポートチェック。

通路でマンサラがペコペコ名刺交換してやがる。
あっは、ああ日本だ、ほんとここは日本だ。

日本人の列に行ってパスポート出して待つ。
もうしばらくは、こういう場面はねえかもな・・・
 
警察だか郵便局だか判んねえ、制服のおやじ。
俺のパスポートペラペラまくって、ちらっと顔見て、 
ハンコ トンッ 

「はい!」 俺も思わず、はい!

次は荷物検査。 荷物は手持ちだけ、中は土産だけ。 
これがよかったか、すぐに抜けた。簡単簡単。

こんな汚ったねえ格好してても、俺も真面目な日本人よ。
税関のおやじもそれが分かったんだ。
お疲れさんて、優しく迎えてくれたってわけだ。


さあ、この線越えたら日本だ。

どのツラさげて出て行きゃいいのよ。到着ゲート。
この向こう側に本当に迎えに来てんのかよ。

俺の顔忘れてんじゃねえの。ドキドキするぜ。
出るよ、行くよ。・・・

おっ、誰かこっち覗いてる。

あっ!安田さんじゃねえか。いやああ、おほほほ。

顔見合わせて、昔の顔を思い出す。ニッタリして握手。

「よおお!帰り。無事に帰ったね」 

いやあどうも。無事帰りましたよ。久しぶりです。へへ

お、浜口、小松。あ、伊藤も来てくれたんだ。 

お、野村、あ、雄二も。お、賢二か、でかくなったな。 
あ、秀さん、どうもどうも。

みんなが輪になって俺を囲む。そんで握手。へへ、やめろよ。
芸能人じゃあるめえし、みんな見てるじゃねえか。


うしろにお袋が居た・・来た。やばい。 

「お帰りなさい。みんな来てくれたのよ」

ほら、涙ぐんでやがる。やめてくれ。サラっといってくれ。

あ、どうも。帰りました・・ちから抜けた。
 
どうも、みんなすいません。迎えなんてありがとです。
それにしてもみんなヒマだね。きょう日曜じゃねえだろ。

「ばかやろう はっは」 

冗談言って少し持ち直した。そこにちょうど親父が来た。

遅くてよかったぜ。こわばった顔見せなくてすんだ。

親父、車止めてたって。

「おお、どうだ、元気か」

はい、無事帰りました。へへへ

「はっは よかったな。じゃ車へ行くこうか。
みんなにはタクシー乗ってもらって、家に行こう」

「おにいちゃんお帰り」 

弟が荷物持ってくれた。お前、弟か。
電話で声変わりしてたが、顔も背も変わってた。
 

親父の運転で、家族4人で第二国道を走る。
 
人が多い、車多い、道路狭い、信号多い。 
しかし日本てこんなんだっけな。変わったのか。
 
このクッションもふかふか、道路もデコボコなし。
さすが日本だ、車も道路も世界一だ。

「お前、健康診断行ってこいよ。俺が戦地から復員した時は、
帰ってから1年も経ってマラリア発症したんだ。 
若いんだから体こわしちゃだめだ。気をつけろよ」

うん、医者行ってみるわ。中近東インドでちょっと
痩せたかもな。

「あんた、痩せたなんてもんじゃないわよ。
いま何キロあるの?」

へへ、中近東インドにゃ体重測るとこなんかねえよ。 

「お兄いちゃん、外国でご飯とか食べれるの?」

日本みたいなホカホカの飯はねえさ。
日本のおかずが向こうじゃ主食みたいなもんだ。
イモとかパンとかハム食ってさ。はっは 

「へえ、それで腹一杯になるの」

それよりお前、でかくなったな、ほんと変わったわ。

「だってもう中学だよ」

おおそうか、変わる時期か。


「ほら川崎駅よ。きれいになったでしょ。
もう、自動改札があるのよ」 

へえ・・・自動改札って何?
 
浦島太郎扱いされて30分。 おお!家に着いた
 
ここだっけ。そういやあそうだ、ここだここだ。

お袋が後続のタクシー2台に金払ってる。

「さあ、皆さんどうぞ入ってください。何にもないけど 
ゆっくりしてくださいね・・」 相変わらず気を使う。
 
玄関入ると、うちの匂い、懐かしい。
襖取り払って六畳ふたつつなげてテーブルふたつ出して、 
座布団敷いて12.3人分の席ができてる。

「じゃあんた、ちょっと隣行って、おじいちゃんと
おばあちゃんに挨拶してきなさいよ。

ああ、居るの?

「そしたら、それ脱いでお風呂入って。みなさんは先に
ビールでも飲んで・・」 

なんたって世話を焼く。インドのリキシャのおやじ以上だ。

言われた通り隣行って、こんちわあ!居ますか?

ここも懐かしい匂い。

無事帰りました。ご心配かけました。

おばあちゃんには、インドで買った菩提樹の数珠をあげる。

これね、仏様の生まれた国で買ったんだよ。
菩提樹の実が百八つ、本もんだよ。お土産。
 
おばあちゃん、数珠を頭の上まで押し頂いて、

「そうかいそうかい。ありがとね。無事に帰ってよかったねえ」

お袋の母上の割には、口数少なくいつもニコニコおばあちゃん。

よかったよかったって抱きついてきた。
着物の白檀がいい匂い。おばあちゃんの匂いだ。

おじいちゃんにはインドの象牙のパイプ、どうぞ。

ガキの頃、ピースの両切り半分に切って、木の箱に並べると
小遣いくれたおじいちゃん。

「おぅおぅ」って言いながら煙草盆のキセルの横に象牙並べて、
にこっ「ほい」って甘納豆くれた。 


おやじが、ビール片手に言う。

「風呂入る前にそこで写真撮りなさい」

ええ?なんで? 

「俺が復員したときは写真撮れなかった。今、記念に撮っとけ」

親父は自分の復員の時と重ねてる。

じゃあ。 洋間の椅子に座って・・・お袋が来た。

「まず一人で撮れよ」 お袋残念でした。へへ
 
じゃ撮ってくれ。 お袋チョイ不機嫌でパチッ




そんで風呂。2年ぶり家の風呂。

ジーパン、靴下、シャツ、我ながら汚ったねえの着てたもんだ。
自作パスポート米袋も、ベーゴマの紐も汗で真黒。

思わず手を合わせて、こいつは丁寧にしまっとく。
だって一番の戦友だしな。 ジーパン以外は捨てよ。


シャワー ジャーッ シュワシュワ

透き通ったお湯。勢いもいい、水が違う、細く柔らかい。
やっぱり日本はすげえ国だ。

髪の毛洗うと排水口まっ茶色。げえ。体洗うと銅色の垢。

どこ行ったって、立派なホテルに泊ったわけじゃねえもの。

中近東にゃこんな湯も石鹸もなかった。
雨水みてえな水にシャワーからは茶色い水だった。
だいちシャンプーなんか1年ぶりだ。

歯も磨く。えらくすっきりした。歯磨き粉は文明のリキだな。
インドのあのスースーしたニームの枝を思い出した。


そんで湯船につかる。 うっ・・・あ~ぷぁ~ふう、く~っ。
っぁっとお~prprpr あ~ ふう~。
ずぁパッァーン ッヒッヒ

う~ゎ、たまんねえ。肩までつかる、贅沢に湯がこぼれる。
天井からポタッ。昔と同じとこから水滴が垂れる。

あ~~家か~・・・こりゃ幸せすぎるぞ・・・ほんと





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