印毎来譜 「俺等はヒッピーだった」

実家

1974年1月31日 2年ぶりに家の風呂入った。 
ひと泣きして、新しいツンパとシャツに着替えた。

体重計ってみた・・・針は中間48.5。
やっぱり痩せたな。日本出る時きゃ60はあった。


うん?いい匂い。天ぷらじゃん。すげえ。

お袋が揚げたイモ、なす、魚、いか。
俺の好きなきゅうりの漬けもん。 
寿司は出前。きょうの皆さん用。俺は好きじゃねえ。

「じゃ、おとうさん」

乾杯まで仕切るお袋。あーあ

しょうがなく、ニヤつきながら親父が、

「きょうは皆さんありがとうございます。羽田まで来て
くれてすいませんでした。御蔭さんでこいつも無事帰って
きました。 じゃ乾杯しましょ、乾杯!」

浜口が肩叩いて「よお、生きて帰ってきたな。皆で心配して
たんだぞ はっはっは」

まあな。ありがとありがと。へっへ

「ま、一杯」 どもども。うーんうめえ!日本のビール世界一

「お前、風呂入ったら顔色良くなったぞ。
ただ汚れてただけじゃねえの。うーっはっは」

「そんでジョンに逢えたのかよ」

「何カ国行ったの」 

「向こうのコンサートどうよ」

「パツ金の嫁さんは」

「何年行ってたの」

「向こうでバイトしたの?」

「NYはどうよ 怖いの?」

「日本はオイルショックで大変だったんだぜ」

「病気とかしなかったの」

「バンドやったの」

「どこの国が一番よかった」

「金とか盗まれなかった」

「ガンジス川行ったの」

「中近東でコレラ流行ってるって心配してたんだぞ」 

うっへええ。俺を待っててくれたみんなが居るってことか。
うれしいね。 そんで好きなだけ食えて飲めて・・・


安田さん「お母さんも座ってくださいよ」

相変わらずお勝手であれやこれやのお袋。 

飯ちょうだい! 寿司は苦手、白飯と味噌汁がいい。 
家の味噌汁、味噌は白味噌、豆腐とわかめが入ってます。

飯はふんわり湯気たって、俺の茶碗に俺の箸。 
ひょいとひとくちほうばれば、うめえうんめえ、こりゃ最高。

きゅうりの漬けもん乗せました。飯に醤油が染み込んで、
塩と醤油がいい塩梅。 思わず涙がちょちょぎれまっす。

・・やべえ。ほんと涙出てきた。なんだ、訳わかんねえ。

「おまえ、なに泣いてんだよ。っひっひ 泣いてるぞ」

バカ、うるせえ、ほっとけ。 
ここんとこ泣いてなかったから、涙溜まってただけよ。
 
「あんた、なにやってんのよ」 

ええ? なに?
 
「それあんた、灰皿よ。まったく」 

ええ?これ灰皿かよ。醤油入れてた。
こんなガラス製の透き通ったきれいな器が、灰皿?
こりゃ、もったいねえよ。 っはっは

「お前、外国ボケしてんじゃねえのか はっは」 

仲間ってやつ、家族ってやつ。てえしたもんだよ・・・。
なんか、テレビドラマ並みの団欒そのものじゃねえか。
腑抜けんなりそうだな。

飲んで食って騒いで9時過ぎ。

「じゃ俺達帰るわ。どうもこちそさんでした」 

どうもどうも、みんなありがとな また近いうちやろうぜ。

お袋、玄関出てペコペコお見送り。旅館の女将並みだ。


「あ~、みんな帰りましたよ。悪かったわね、忙しいのに
わざわざ来てくれて」

いつでも休めるバイトや学生だ、忙しいわけねえよ。


みんな帰って急に静かになった。

親父がお袋に「おい、ビール」 

俺についでくれた。俺も親父についで乾杯! 

「まあ、無事に帰ってきて良かった」 

はいっ。

「ま、男だしな。自分の意志で行ったんだ。まったくなあ、
少しは成長したか。 はっはっは」

っへっへっへ。

「俺の時代はやりたい事はできなかった。赤紙で戦争だ。
いい時代になったもんだ。線香あげてこい」 

仏壇に線香あげて、帰国報告。

「フィリピンで、俺のすぐ横で玉に当たって死んでった戦友が
いたから、こんないい時代になったんだ。みんな戦友のお陰だ」

親父の話は昔からこれだけ。
何が悪いとか、ああしろこうしろは言わない。
ガキの頃から聞かされた話。
きょうは、ちょっとわかったような気がした。 


「ほんとにあんた、心配したのよ。 どこで何してるんだか、
手紙は来ないし。中近東はあれほど行くなって言ったのに、
勝手に行っちゃうし。 もう心配でしょうがなかったのよ」

また涙のお袋。そろそろ退却だ。

心配かけました。すいません。きょうはゆっくり寝ます。

最敬礼して二階に上がる。二年ぶりの俺の四畳半。
あん時のままにしてあった。こっからすべて始まったんだ。

本、写真、ポスター、壁の落書き。ぜんぶ懐かしい。

ズタ袋からお土産やレコードやら出してたら、お袋が
毛布持って上がってきた。

「寒いからもう一枚掛けなさい。枕も敷布も取り換え
といたからきょうはゆっくり寝なさいよ。体大丈夫なの?」

体はだいじょぶだよ、もう寝るわ。おやすみなさい。

  
ベッドで一服・・・とうとう日本帰って来ちゃったな。
あいつ等、バンコーの部屋で詩書いてるかな。
喧嘩しながらインド歩いてるか、ギリシャの島で寝そべってるか

きのうまで安宿暮らしのヒッピーが、今はそば殻の枕に
暖かい布団。帰る場所がある、実家がある。

結局、当てにしてたんじゃねえか。
これでモノホンのヒッピーか・・・なんて思う。

本棚もあん時のままに。
「青年は荒野を目指す」 
「何でも見てやろう」 
「書を捨てよ町に出よう」
「時には母のない子のように」
「種田山頭火」

しかし実家か・・・なんなんだろな 

意識朦朧爆睡ZZZzzz



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